2017年04月09日

CoMA COFFEE(コマコーヒー・岡山市)


カフェは何かとご縁があります。

CoMA COFFEE (コマコーヒー) は
岡山のお城の方面にある
コーヒーと本とお菓子のお店だそうです。

だ、そうです というのは
わたしたちが実はまだ行けていないからなんです。



行ってからこの記事を書こうとおもっていたのですが
なかなか行く機会が無いので
先にご紹介だけさせてください。

お皿やカップなどを
セレクトで置いてもらっています!



コマさん、そのうち行きますね〜


我々の年に何度もない
岡山の街への外出の時に!




「息抜き」しないんですかって、
今日も友人に言われたのですが
(友人も焼物やさんなんで)

ストレス解消、としての息抜きはずっとしていないのです。

我々が旅にでたり外に出たりするのは
だいたい仕事がらみ。


仕事、遊び、子育て、勉強、ひっくるめた「暮らし」


ぜんぶが混ざり合いながら巡っているのが
今のわたしたちの生活なのです。

こんなふうな生活は、あとどのくらいつづくのかな。

子どもたち、とくに今は、二女モモの存在が
40歳を過ぎたわたしたちの人生を
引っ張って行ってますね。

小さい体で大きな存在です。子どもって。








⇩コマコーヒー⇩



お店の入り口が裏から入るようになってて
わかりにくいみたい。

サイトに「入り方動画」が載っています。











posted by terra at 01:45| 岡山 ☔| 焼物を置いているお店のご紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

LABORATORIO ラボラトリオ (長野 松本)


証太の焼物を置いていただいているお店のご紹介です。


長野県 松本 で

シェーカーボックスや家具などを作る
木工作家の井藤昌志さんと

相方の まきこ さん が主催されている
LABORATORIO (ラボラトリオ)

(お二人はアフリカのケニアで出会われたそうです!)


2016-10-6<br />松本ラボラトリオ着<br />昔は薬局だったらしい<br />素敵な建物.<br />.<br />#ラボラトリオ<br />#松本<br />#岡山展<br />.<br />仮眠とりながら10時間かけて到着.<br />白糸の湯に入泉.<br />温泉饅頭.<br />開田の田舎蕎麦.<br />子ども達はラボラトリオのカフェで<br />スープとイングリッシュマフィンサンド<br />夜、井藤さん達と居酒屋ごはん.



⇩⇩ラボラトリオHP⇩⇩



昔の薬局だったおもむきのある建物を使った
カフェ&雑貨&ギャラリーです。


1階は、井藤さんのシェーカーボックスのお店
2階に、カフェと雑貨
隣のビルに、ギャラリー 

があります。

2016年の夏にはギャラリーで
「岡山展」が開催され
備前焼を出品させてもらいました。


常設の雑貨のコーナーにも
備前焼プレートを置いてくださっています。

松本、ラボラトリオへお出かけの際は
お手にとって見てやってくださいね。


.<br />「岡山展」はラボラトリオ隣のビルの<br />faber にて24日まで開催中です。<br />.<br />素敵なところです。<br />.<br />初日と次の日はすごーく久しぶりに<br />お会いできた方がいてとても嬉しかったです。<br />.<br />#松本<br />#ラボラトリオ<br />#岡山展


⇧昨年の岡山展のようす







2016-10-8<br />父さんが隣のビルで<br />しごとをしている間は<br />ゆっくりカフェごはん。<br />.<br />同じカフェに2日連続なんて<br />松本住人気分。 .<br />ソラがここのベジスープを<br />すごぉく美味しいって<br />気にいる。<br />成井恒雄さんの腕で<br />ますます美味しい。<br />.<br />#ラボラトリオ<br />#成井恒雄<br />#soraの生活<br />#homeeducator






2016-10-8<br />モモはなんでもよく食べる。<br />.<br />先にハムとかベーコンを食べちゃうんだけど、パンと一緒に食べたら美味しいと分かるのはいつかな〜☺︎<br />.<br />後ろに見えるのが、井藤さん作の<br />軽くて折り畳みできるかっこいいテーブル。<br />ほしい。<br /><br />#momoの生活<br />#ラボラトリオ
⇧カフェ 
この時はお豆のスープに
手作りのイングリッシュマフィンのセット。

器が贅沢です。


空と百の好物になり
連日通ってお昼をいただきました。












posted by terra at 10:17| 岡山 🌁| 焼物を置いているお店のご紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月07日

実家出産と自宅出産 ふたつの出産はわたしのお宝






モモが生まれてもうすぐ3年。




産後2〜3ヶ月は私はモモとずーっと寝ていた。

脳がぱかーんと開いて
ありえないくらい幸せだった〜

部屋がキラキラして見える
赤ん坊とソラがますます可愛く見える
嬉しくて涙がでてくる
ご飯がおいしすぎる
お世話がうれしすぎる



産後このくらいは3ヶ月は寝ていられる
という準備をしないと
わたしは出産に臨めない。

(身体のことを考えたら3ヶ月は寝ていたい!)



だからうちは子どもが
間をあけて二人でぎりぎりだったなぁとおもう。
証太にそうそう仕事を休んでもらうわけにもいかない。

わたしが自分の世話をしてもらいたいのは
証太しかいないので。
うちの母や、証太の母も
ありがたいことに
手伝いに来てくれようとするけれど
他の人ではだめなのです。




ソラを産む前のわたしは、
いろんなことにあまりこだわりのない人だと
自分でおもっていた。

転勤族で育ったし
どこでもいいし、友だち誰でもいいし、
仕事もなにやったって生きていけるとおもってた。

あんまり人のことは興味がないし
自分のことだけやってたら
関わりはなるべく少ないほうがめんどうがなくていいとおもっていた。




ところが、いざ妊娠して
出産の準備に一からあたってみると



今まで知らなかったこだわりが噴出。
出産事情なんてそれまでほとんど知らなかっただけに
びっくりの連続だし。



まず、病院で検診に行ってみる
そうすると
病院で産みたく無い。

会陰切開ってなんですか〜?
分娩台って、なんだこれ?
エコー検査毎回毎回、多すぎることない?これだいじょうぶなん?
体重増えすぎっておい、越権やろう?
父親が立ち会う時には勉強会にでてもらいます?なんでだ?
だいたい毎回待ち時間が長すぎるんや!
助産師さんが立ち会わないと出産できないんだったら
医師ってなんのためにいるんだ???



助産院も調べたが
助産院でも産みたく無い。

いい助産師さんだったんだけど
やっぱり人の家だしリラックスできないー!





選択肢は自宅出産しか無かった。
単純すぎてすみませんが
そう言うしかない。


もうね、

「こんなことばっかり言ってわたしはワガママですか?」

     ⇩
「いやいやいや、これわたしの仕事やし、わたしが決めることちゃうの?」

     ⇩

「この仕事を好きなように後悔しないようにするために、ワガママいいまくったる!」



こんな風に思考は移り変わっていったわけです。


✳︎





ソラの出産の時は、今住んでいる家を
つくっている最中で落ち着かなかったし、
母親のご飯を食べたかったし、
証太をまだ頼りにできなかったので


わたしの実家の父と母を説得して
実家出産をさせてもらった。

あの時の父と母は偉かったね
凄腕出張助産師さんの助けもあって
結局、説得に応じたのだ。


最初は「自宅出産大反対!」だったけれど

良い助産師さんに出会えて
実際の「自宅出産」を目前でやってみせたら


産後は「自宅出産大賛成!」の人たちになっていた。
大感動だったみたい(そりゃそうだ)



でもって、わたしは自宅出産ならぬ
実家出産を体験して

満足。






助産師さんはとても
良い人だった。








しかし、
二人目になると





やはり助産師さんもいない方が
いいなぁ・・・


家族だけで産んだら
もっとリラックスできるし
氣を使わずに済むなぁ・・・・







という気持ちにあらがえず



モモの時には
いちばんミニマムな家族だけの出産にしてもらいました。
説得するのは相方だけ。

(双方の実家には内緒にしてた。説明しても心配させるだけだし)






そしたらやっぱり
とても良かった。

大満足。



もう、まったく完璧でした。

こんなにうまくいった仕事も
体験したことが無い。









おもうに、
出産っていうのは
セッ クスの成就したもので

セック スというのは
あまりにも私的なもので


究極的に
個人的に、個人と個人が二人でするもので
(3人とか4人とか、いろいろあるでしょうけど
 受精の瞬間はやはり2人だとおもうので)



なので、わたしは受精の相手はいて欲しいし
家に子どもがいるのは当たり前なので
子どもにもいて欲しい・・・



そこを頭で考えたわけではないのですが
出産の前なんか、わたしは
ほとんど動物です。
感覚しかなくなっている。








モモが生まれてくる前、
証太は家事を全部やっても、
それに加えて
仕事もできると思っていたんだよね。



だから窯焚きの予定もふつうに立てていた。
(結果・・・できなかった ←あたりまえ^^)


彼のつくるご飯はいつもほんとうに美味しくて
わたしは尊敬している。

冷蔵庫と野菜箱を見て、
いちからつくるご飯ができる男の人。

わたしはできないけど
魚もイノシシも捌ける人。




でも、そんなご飯って時間かかるよね。

3食ご飯をつくって
掃除して洗濯して子どもを見てたら


焼物の仕事なんかできるか???
(そんな仕事じゃないだろうに)







結局、モモが生まれた年2016年は
窯焚きができず。


毎年の窯焚きは、出産くらいの熱量の仕事だなということが
よくわかったのでした。


毎年、出産してるんだなぁ〜✨)






証太はそれ以来
すべての主婦を尊敬してる」と言っています。


経験してもらえて、よかったよ。



「俺だって主婦くらい、やればできるよ」
と、おもっている男の人なんて
急にやってもまずできないですよ。


体験できる時があったらいいとおもうんだけどね。








posted by terra at 12:48| 主婦のしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

お風呂


今朝はやたらに早く目が覚めたので

起きて、まだ真っ暗な中
お風呂に入りました。


うちのお風呂は180リットルも入れるとたっぷりになる
小さなバスタブです。

家をつくる時に
お風呂も証太が、佐々木剛くんの手を借りて作りました。


最初は、重たそうな古い猫足のバスタブをネットで発見して
「これがかわいい」とかおもっていたのですが...

お風呂を作っている時
近所に住む備前焼作家の先輩 近藤正彦さんに

「追い炊きできないと、絶対に後で後悔する」

と、力一杯アドバイスされて

なんだか納得。




小さなバスタブにしたのは

これは違う友人の家に遊びに行ったら

「大きなバスタブのお風呂を持て余してシャワーばっかりつかっちゃう」

というかんじだったので



一日に何度も気軽に入れるように
小さめにしたのです。


今では


小さくてもいいから
深いバスタブで
首までお湯に浸かりたい派、です。


真っ暗な中
温かいお湯の中につかって深呼吸していると

覚えてないけれど

「子宮の中」は

こんなかんじかな〜?


なんて、おもえてきます。




小さめのバスタブで困るのは
家族全員では入れないことですかね。


ま、そのくらいなら
たまに温泉の家族湯でも入ればいいかな。



小さいお風呂で
「追い炊き」できる、とか
お皿洗う時にお湯がでるとか

そういうことに毎日
わりと新鮮に贅沢をかんじます。












posted by terra at 07:37| 岡山 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

坂爪さん はるちゃん 桐島洋子さん



坂爪圭吾さんという若者がいます。

彼は影響力の大きいブロガーで
一方、身ひとつで家の無い生活をしています。

書いていることが
いつもほんとに新鮮。

それはナゼかというと、
生き方で見せてくれるからですね。


わたしは読書家、というのではない
どちらかというと
活字中毒、という癖があって

字を読んでいるのが好きで
本や雑誌が手元から放せないのですが

ここ最近は紙の本よりも
webでブログを読むのが好きになって、
何年も続けて読んでいる人が
何人もいます。

多くは自己啓発ジャンルとか「子宮系」とか
いわれている人たちなので
お話会、やセミナーなんかをやっているので
出会えるチャンスもあるんだろうけど

「会いたい」とかは特におもわなくて
 ほんと、ただ
「おもしろい小説」
の代わりに読んでいるのです。

なので、面白がっているだけで
ご本人に還元もできないんですが。



有名なブログなので
ご存知の方は多いと思いますが
未読な方はぜひ
読んでみてください・・・




いわゆる「有名人のブログ」ではなくて
「web中でしか見たことの無い人」
のブログばかりが

なんでこんなに
面白いのだろうか・・・と
不思議におもいながら。

そういうのははおもしろいのに出会ったことがない。




✳︎





常々



女性ブロガーの極まったのが
子宮委員長はる さんだとしたら

男性ブロガーの極まっているのが
坂爪さんだなぁ、と

おもっていました。


なんか逆のベクトルのようで
同じエネルギーみたいで。
ふたりともすごく純粋に突き詰めて
突き抜けているかんじ・・・





方や、はるさんの方は


風俗*嬢出身で
父親がわからない子どもを妊娠して
お腹の子どもの父親では無い男性と結婚
子育てはその父親が主に担当
ただいま別居中
子どもは男性の方へ


・・・単純に文章にすると

なんだこれは、
すごい泥沼なのか??? と
なりそうなのですが


ブログ見てみたらすぐわかるけれど
雰囲気は「幸せなピンク色」です。

わたしはこの人のブログを読むと
笑えることが多くてけっこう元氣になります。

なんかパワーがもらえるんでしょうね。
ありがたいことです。


はるちゃんは全国ツアーで岡山も来るらしいんですよ。
わたしはなかなかに出不精なので、行かないんですが



「あー、来るんだね〜、はるちゃん 」って
おもいつつ、見てたら

岡山はチケットが最初にソールドアウトになったんです。

もしかして
岡山は、はるちゃんファン多いのかな。


「子宮委員長はるの子宮委員会」
     ↓ ↓ ↓








方や
坂爪さんです。



今日、久しぶりに拝見したら



イイこと言ってる。
まだ子どもいないのに

正直に言いますと、テストで100点を取ったこどもを心の底から「お前、すごいな!」と褒めることができない(このまま優等生のレールを歩き続けてしまうことにある種の危機感を覚えたりもする)小生ではありますが、単純に、自分で釣った魚を三枚におろして刺身にしてくれたり、自然農法で育てた野菜を大量に持ち帰ってきてくれたり、大工の見習い体験を経てボロい自宅を修繕してくれたりなんだりしてくれた暁には、心の底から「お前、すごいな!」と賞賛できるような気がします。


こういうたとえ話も
リアルでいいなとおもいます。


うちの場合は、
長女は小学校へ行ってないから
いまのところそういう機会がとりあえず無いのですが
たぶんテストで100点取った子どもは
きっと一応褒めますけどね。
たぶん「一応」だろうね。

でもこれって、実際は
次女がわたしは学校に行く〜 って言って
行くようにでもならないと
分からないですね・・・


次女はどうするのだろうかー


ただ、
子どもが漁師になったり、百姓になったり、大工になったり、
ピアニストになったり、焼物家になったり、

まぁ、なんでもいいんだけど


デザイナーでも、シェフでも
カフェ店主でも、助産師でも

なにかやりたいことやっていて
その成果を見ることができたり
果ては、助けてもらったりした日には


感動するでしょうね、きっと・・・




坂爪さんはまだお子さんがいらっしゃらないから
想像の範囲外なのかもしれないけれど


子どもって、なにかしたから 
ありがたくおもう、というものでも無いですよ。


たとえば普段、
長女が、今ピアノの練習中、という時
だんだん上手になっていく音を聞いているだけで
日々、感動しているし。


次女は
舌ったらずが残った
かわいい口調なのに
大人と同じように喋るようになって


「今しか無い喋り方」を
一日中起きてから寝るまで喋っている。

楽しくてしょうがない。


いるだけ、一緒に暮らしてくれるだけで
すごい楽しみと幸せを与えてくれる存在です。







はるちゃんは
かわいい息子のじゅんせい君と
離れて暮らし始めたみたいです。

わたしはというと
子どもと離れるなんて無理だなぁ

わたしのこの40代というのが
落ち着く年齢なんだろうか。


はるちゃんはまだ30歳くらいだったとおもうので
あと10年くらい先のはるちゃんも、なにしてるのか
楽しみにしてるのです。







そういえば、昔の
桐島洋子さんを思い出しますよ。

洋子さんにはソラを産んだ後読んだ本で出会いました。
だから10年くらい前かな。

この方も規格外れたお母さんです。

洋子さんは子ども3人を方々に預けて
ベトナム戦争に記者として従軍したりしてしまう。

次女のノエルさんを産んだのは
客船のベッドで一人の自力出産。
それも、お金がそれだけしか無くて
旅行費用を出したら
出産費用まで回らなそうだったから。

なんか豪快な方です。

私たちの母親世代を啓蒙していた方みたいですねぇ。
でも、こんなにギャップがあったら
啓蒙にならないですよね。

飛び抜けて突き抜けて
変わった女性だし、勇氣があるし
それはとにかく魅力的ってことでしょう。




洋子さんは 70年代から今も活躍されています。

自分の特異な人生をばーんと本にして
読んだ人に衝撃を与えましたが、

今まさに はるちゃんはそれを
オンタイムなブログでやっているところなんですね。


そういえば本にも載っていたけれど
今活躍している
洋子さんの娘さん息子さんたちは
お母さんについてなんて言ってるんだろうとおもい
ちょっとみてみました。

けっこう氣になる編集者がやはりいるんですね。
ちょっと検索しただけで
すぐに聞きたいことが出てきました。
家族じゅう有名人だから。


桐島洋子さんの長女
桐島かれんさんのインタビュー
子育て、について
⇩⇩⇩





もう、自由で放任すぎて
自立するしかなかったそうです。
反抗するにも反抗することが無かったらしい。


インタビューにも載っていましたが
桐島家は、洋子さんが30代の終わりの年
アメリカ ニューヨーク州の田舎の家を借りて
家族でしっかり暮らす1年、を作ったそうです。


この経験が姉弟みんなにとても良い影響を与えたらしく

もの書きのシングルマザーが大黒柱で
とにかく人生の前半は家族がバラバラになりがちだったのが

この1年があったおかげで
家族の結束は強まり

なにより、普段あまり一緒にいられなかった
お母さんがずっといるという幸せを
凝縮して味わえたことで
子どもたちは満足したんでしょうね。


子どもと過ごす時間は
「量より質」よ、なんて言葉も聞きますが

「質が高い」って
こういうことかな、と思って本も読みました。



丸出しな人たちが好きです。
























posted by terra at 20:58| すきな人 面白い人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

薪ストーブ

こんばんは
今日はとっても寒いです。


うちの暖房は
鋳物の薪ストーブひとつ。

2階建なので
家全部というわけにはいかないけれど
1階部分はこれで全部暖まっています。
非常に助かります。


家を建てた時にはまだ薪ストーブは
つけていなくて
建ててから3〜4年経ってから
やっとこさ鋳物ストーブを
友達のお父さんのお店で購入。



ここ⇩⇩⇩


冬の寒さを体験した後は
やはり、田舎生活に
薪ストーブは必要だ、ということになったのだよ。


それまでは灯油ストーブを使っていたのだけど
とくに夜になって寒くなると
まったくカロリーが足りないの。

朝市で出すお菓子を夜中に作っていたころは
灯油ストーブをすぐ傍に置いて震えながらやっていた。


薪ストーブはほんとうにいい。

この暖かさと
木の香りと
窓から見える炎


薪ストーブを使い出した年には
家族が一人増えたようなかんじ。
あったかい家族。
寒くなったら薪をどんどん食わせる。



そのころまだ3〜4歳だったソラも
すぐにストーブに慣れて
証太に教えてもらって
火も一から上手に起こせるようになっていた。


子どものころから火をおこせるなんて
かっこいい・・・




薪ストーブを使うには
木を買っていては
ラチがあかないので

まず木を見つけて
拾ってくる、もしくは貰ってくる
そしてそれをいい長さにして割る、
といった仕事が必要。


うちの場合
証太がこれをばっちりやってくれるので
ありがたく、楽しく、
薪くべだけ
やらせてもらう。


薪を準備するのには
斧だのチェーンソーだのが
欠かせない。


でも、わたしはチェーンソーや
草刈機といったモーターがついてて
歯が回ってる機械類が苦手。

高校生の時に
早朝アルバイトしていた近所のパン屋で
食パンを切る時に
すこーし指を切ってしまったことが
あります。
あの、回転する丸い歯です。

最近の食パンを切る機械は
指を切らないようにガードがついているみたいなのですが
そのころはガードは無くて剥き出しでした。

なので(?)その店では代々バイトの人は
だいたい1度は指を切っていて
わたしの時は、まぁ絆創膏レベルだったけれど
ひどいひとは、けっこうやっちゃってたらしい。


すこーし切っただけだったのに
血がたくさん出て
わたしは血を見て倒れるようなことは無いのだけど
いやまぁ、ぞっとしました。

それで刃物が苦手になったわけではないのですが。


幸い、証太は
薪しごとは好きな分野でもあるようで
薪運び の時以外は
特にわたしに手伝って欲しいとは言わないのです。

それから、話を聞いてみると薪割りは
男子のしごとの中で
楽しいことの方に入るらしいんですよね
証太の場合ですが。



だから、寒い中、手伝えなくて
悪いなーって思っていたわたしは
取り越し苦労でしたね(w


手伝えなくて、というよりは
お役にたてなくてゴメンね、ってかんじですけどね。












三宅洋平くんの三宅商店に
うちのカップを取り扱ってもらいだしてから
1ヶ月ちょっとですが
嬉しいことにでたくさんの方に
購入していただいているようです。


さいしょは三宅商店で焼きものまで売れるのかなぁ?って
おもってました。







備前焼は釉薬をかけずに焼く
焼きしめ、という陶器です。

氣体はすこし通すけれど
水は漏らない、というのが
本来なのですが

前回の窯の作品の中で、カップに
3日間水を入れっぱなしにしていたら
ついにしみてきた
という方がいらっしゃいましたので

もし、そういうことがあったら
お気軽に直接お知らせくださいね。

 ⇩⇩⇩
















今日現在
残り あと1個 です。


カップはあと一つになりました。
食べ物と一緒で
最後の一個ってなんだか残りますね。


わたしは、残ったカップ
いい焼けだとおもいます。










✳︎後記✳︎



完売しました! 
購入してくださった
見てくださったみなさん
ありがとうございます。

また次の販売も
よろしくおねがいします。



posted by terra at 22:44| 岡山 ☁| 焼物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

仕事と音楽


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。









✴︎








結婚式の引出物のしごとをいただいて
包装作業をしながら
音楽のことを話していた。

うちは音楽を聴くのは今だにCDです。


モノにかこまれて育って
モノ好きになった世代のわたしたちは
1972年と74年生まれ。

「音楽」を買う時も、CDでほしいのです。
形がほしい。ジャケットを手に取りたい。

究極やっぱりレコードでしょう、という
本格的な音楽好き、というわけではないのですが


しごとをしながら家で
好きな音楽を聴ける、というのは
この仕事をしていて良かったなぁ、
と思うことの中で
かなり初歩の方の話です。






仕事と音楽のこと









若い頃はふたりともロックをよく聴いていた。
好きだったのはとくにパンクロックです。






ランシドのライブに行ったら
前座がラフィンノーズだった。という頃。

パンクの人っていうのは痩せているイメージがあるんだけど
実際に見てみたら
白人さんは、良いガタイしてる人が多かった。

だから、前座のラフィンノーズが出てきて
チャーミーはほんとに細いなぁと、思ったけれど

ランシドのラーズやティムがでてきたら
喧嘩強そうで
怖そうな兄ちゃんたちだったのだ。



パンクミュージックが流行るかどうかというのは
社会環境によるのかな



あのころはなぜだか
いいパンクミュージックがどっと生まれていたとおもう。


なんといってもニルヴァーナがまだいた。


大学に入学したころに
カートコバーンが自死してしまう。

彼はロックアイコンですごいアイドルだったから
彼が死んだ国から遠く離れた日本で
喪に服している友人までいた。

奥さんだったホールのコートニーラブのライブには
2日続けて行ったんだけど
日々全くテンションが違って面白かった。

3日間のライブの
2日目は会場もすいてて、コートニーがMCで
「尼さんみたいな気分よ」とか言っていたんだが

3日目は最終日ですごい人だったから
彼女はそんなことを言ってる暇は無かった。

どちらの日の彼女も魅力的だった。




とはいえ、我々の
ファッションはパンクではなかったのだ。

とにかく、なんとか系のファッションが苦手なのだ。
なんでもない服が着たかった。


思想は全くしらないのに
ヒッピーファッションは好きだったので
タイダイのTシャツや
裾がヒラヒラしたパンツをふたりとも愛用していた。
リラックスタイプの服が好きなんだね。



そのころのわたしたちは似たような体型だったので
20代のころはTシャツからスニーカーまで
ほとんどの服を共用していた。





今は やきものや になって
ごつい上半身になった証太だが

(土しごとは上半身の筋肉が異様につく)

昔はひょろっとしていてかわいかった。



ふたりのミューズは そのころからずっと
パティ・スミス




ニューヨークパンクの女神さまだけど
パンクだからとかじゃなくて
あの顔も格好も声も
膝の刺青も
なにからなにまで大好きなんだ。


だから、うちには
神棚はないけれど
彼女のオリジナルプリントを
うちの家を作った時から
ずっと壁に飾っている。


.<br />#雛人形<br />#pattismith


























しごとをしていると
心地よい音楽が必要になる。

北山耕平さんの
ビートルズやイーグルスの記事を
スペクテイター誌 で読んだ証太が
ビートルズもやっぱりいけるんじゃないか、と思って
CDを棚からひっぱり出してきて

聴いてみるんだけど


ロックを聴いてると
あらゆるしごとをしたくなくなる

ということに何度か目に氣が付いた。



今は、仕事中に聞いてるのは
レゲエが多いです。

一見、ますます仕事がしたくなくなるんじゃないかと
おもうけど

レゲエは焼物しごとに合うようです(当社比)

しかし、クラシックもジャズも聞きます。









牛窓に家と窯を建てて住みながらしごとをし始めて
10年になる。


初めのころ、自分がなにを考えていたのか
記録しておけばよかったなとおもう。



家を建てながら窯をつくりながら
初めて子どもを生んで暮らして
初めての独立開業期。



楽しいこともたくさん
苦しいこともたくさん





一日があっという間。
一年がこれまたあっという間。


目が回るような日々だった。


証太はとにかく
好きだった 釣りやビリヤードなんて
ずっとやることもなく
やきもの だけの日々。



わたしはといえば
土の上に
長方形の箱みたいな家を建ててもらって
住んで。

子どもと一緒に
その中で一日中うろうろしている。

たまに庭にでて生ゴミを埋めたり
庭の草を抜いたり 球根を埋めたり。

子どもや犬と散歩にいくくらいが外出。



ほんとうに長い時間
この家の中にいる。


でも、10年たっても
ぜんぜん飽きない。

それどころか
わたしはできれば
もう今はどこにも行きたくないのだ。


わたしは
ほんとうにあまり外出しないので
初めのころは
友人知人がやってきて

飽きないのか、とか
もっと外に出た方が良い、とか言って

色々に誘ってくれていたので
いけるときには行くのだけれど


ほんとうにわたしは
基本的に
家にいて飽きることなんか
まず無い。

ということに自分で氣がついた。

氣がついた時は
え、みんなそうじゃないの?ってかんじだったけど。


そもそもそういう人なんだろう。
小さい頃から。



引きこもり
という言葉があって
なんだかいけないことみたいに言われているけれど


家にいて
ずっと楽しいのだったら
それはとても素敵なことだよ。



昔の人になったみたいだな。







今は
家の中にいて
ほぼ毎日
だれか来客がある。


どこからか、来てくれて

お土産を持って訪ねてくれたり
やきもの を買いにきてくれたり

それから一緒にご飯を食べたり
焚き火を囲んで、話をしたり
お酒を呑んだり

しごとだったり、遊びだったり。

その境目も無くなって来た。


いろんな国から来る人たちにも会える。


カナダ、ドイツ、ポーランド、イギリス、

イタリア、スイス、スウェーデン、

フランス、ウルグアイ、イラン

オーストラリア、、、

わたしは外に出ているよりも
ここにいた方が
たくさんの人と知り合っているかもしれない。




わたしは、人がどこかから来るたびに
この家が丸ごと船になって
新しい港につけるイメージが湧いて来る。




家を建てて間もない時に
二階で布団を敷いて
皆で寝ていた時
(そのころは空と3人家族)

雨なんか降ると
うちの屋根は一枚スレートだかトタンだか
板をペタッと載せているだけだから
雨音がすごい

ザザザザザァ〜
と屋根いっぱいに広がる激しい音を聞きながら
目と閉じていると

まるで
家族が乗り込んだ難破船が
大波に揺られているように思える。

でも怖くはない。
そばに家族がいるから。

愛する人たちは皆
安らかに眠っている。
その寝顔をただ見ているという
幸せがあるんだと
親になって初めて知った。


外は嵐でも
雨風凌げる家さえあれば
そしてそこに家族がいれば
わたしは簡単に幸せになれる。






家の入り口から
色々な人が入ったり、出たり。

船は色々なところに航海するから
何年かの間にちょっとづつ、
お客さんの顔ぶれも変わってくる。



この船がわたしの家。














そうだ
音楽の話だった。




船旅に音楽は必要だ。



ミュージシャンは
船中でライブをすると
チケットが安くなったり
只になったりするらしいですよ。



うちにもたまに
ライブをしてくれる友人たちがいて
家にいながら生演奏を聴ける
なんていう贅沢な時間がある。



#蛯名宇摩<br />#寺園証太窯出し展示週間<br /><br />宇摩ちゃんありがとう。津軽じょんがら節は、やっぱり最高に気持ちよかった〜
























それから今幸せなのは
自分の選曲した素敵なCDをプレゼントしてくれたり
わたしたちの好きそうな曲を
勝手にセレクトして置いて行ってくれる
DJの友人たち。





なんて素敵な人たちだとおもうよ
DJっていう人種は。




ミュージシャンも
ずっと歌ってるもんね。歌好きなんだなー
人間ジュークボックスみたいだよ。



あとは空のピアノの練習を聞いてるのが
今のわたしの好きな音楽だな。










ソラ、ピアノ教室のクリスマス会<br />.<br />(この席が「撮影席」なので  フレームいっぱいです<br /> 画面がふらふらしてすみません、<br /> iPhone持ちながら目で見てたので(^^;)<br />.<br />いつものピアノより<br />タッチの軽い鍵盤だから<br />最初は指が滑ってしまったのだそう。<br />後半慣れたって。<br />そういえば、朝来てリハーサルも無くて<br />次々弾いていく子どもたちって<br />肝が太いというか天真爛漫というか。<br />.<br />3回目のクリスマスで<br />バッハのインベンションが弾けるように<br />なって親はびっくりです。<br />子ども、尊敬する。<br />.<br />#piano #soraの生活<br />.<br />ゆ

































posted by terra at 17:15| 岡山 ☀| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

三宅商店

大好きだ大好きだと、言っていたら

なんと、三宅洋平(くん)の 

「三宅商店」に

寺園証太の やきもの を 

取り扱ってもらうことになりました。




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今、カップ類をたくさん出してくれています。

やきもの以外にもほんとうに素敵な商品ばかりの
ネットショップなので
ぜひ、見てみて、お買い物してみてください。

わたしは、マリーズのシャンプーを試してみたいのですが
いつも sold out です。
入荷したらすぐに売り切れてしまうようです。


証太のつくる やきもの も
たくさんの手間をかけて
心を込めてつくったかわいいモノたちです。
どうかたくさんの方に届きますように。





「消費動向で世界を変えられる」という発想は

日々の買い物ひとつを変えるところから

思想を生活に落とし込む、ということ。



三宅商店の最新のメッセージは

「消費動向で世界をつくる」になっている。


今までに無かったものの場合、それは

「つくる」しか無いのだものね。





しかし、うちと取引してくださる方々、皆さん
ほんとうにお店といい、人といい、
愛のある方ばかりで
わたしたちは幸せだなぁとよくおもいます。

























posted by terra at 00:34| 岡山 ☀| 焼物を置いているお店のご紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

ソラの誕生日に・子どもはいつまでお乳を飲み続けるか


今日は長女ソラの誕生日。
10歳になります。





今は夜中3時。
わたしはこの時間によく目が覚める。

夜、授乳して布おむつ替えるのを
だいたい2セットやると朝。


証太はなんでもやる素敵なお父さんだけど
これだけはわたしの仕事なのです。


モモが生まれた時は 
久しぶりに夜中に何度も起きるの
だいじょうぶか、とおもっていたけれど
今は寝ながらオムツ替えるのも慣れてねぼけながら出来る。


次女モモは2歳半。
まだ日中も夜も授乳中なのだ。
オムツは夜だけ。





今、わりと珍しく寝言を言ってます。

😴「とんでいっちゃった〜」
😴「ねこも。。。」


なんの夢を見てるんだろう。




あとどのくらい授乳が必要なんだろうか。



そういえば、
子どもにおっぱいをあげている時
はっと氣がついたことがあって

それはつまり

「授乳はれっきとした性 行為だ」

ということでした。



柔らかくいうとまぁ、ただスキンシップですから

アイフォンもってメールしながらとか
ブログ読みながらとか

そういう授乳は、性 行為としては
相手に対して(自分にも!)失礼、っていうことに
思い至りました。



だって、セ ックスの最中に
アイフォン離さない、とかテレビ見てる、とか
そんなの失礼っていうよりも
時間の無駄におもえる・・・ことないか?




授乳中は子どもの頭に自分の鼻をくっつけて
「子どもの匂い」をかいだり
「ぽにょぽにょしたお尻や太もも」を触らせてもらったりして
子どもの可愛さを堪能させてもらう時間にしました。


そしたら、最近は
次女モモ自ら「おっぱいと、ほん!」と言って
絵本をたくさん持って来るので
最近は、絵本の音読をしながら授乳中のことが多いです。


子どもの成長に応じて
刻々と移り変わっていく
授乳スタイル、、、






✳︎✳︎✳︎




長女ソラが生まれた時
彼女はほんとに痩せ型で2000gしか体重がなくて
それでいて、月満ちて生まれたまったくの健康体の新生児でした。

わたしは、実家で自宅出産したのだけれど
生まれたばかりの彼女と離れたくなくて
体重がいくら少なくても
健康なんだからだいじょうぶ
わたしの母乳でまかないたい!と
今思えば、この母乳プロジェクトに意気込んでいました。
病院で産んでたら自動的に保育器に入ると言われていた体重だったから、
氣が張ってたなぁ。



最初の一週間くらいは
「低体重児用ミルク」っていうのを提携していた病院からもらって
言われた通りに母乳に足して飲ませていたのだけれど

あまりにわたしのおっぱいがビュービューでるので
この身体に従えば、要するに
こんなものを飲ませている場合ではないのだろうとおもい
粉ミルクはすぐやめ。


30分に一度の授乳から始め、
ソラは4歳までおっぱい飲んでいました。









✳︎✳︎✳︎   


授乳やめた時のこと


この世に断乳とか卒乳っていう
言葉があるのは知ってはいるが
とにかくそういうのは苦手で、できません。



そのままーにしていたら
子どもが自分で勝手に辞める時はいつなんだろうとおもいながら
欲しい時に欲しいだけずっとおっぱいあげていたら
4歳のある日、ソラは

「も、いっかな 」

の一言で、自分ですぱっとやめました。



昨日、うちと同じような姉妹の母の友人と話していたら
長女に3歳までおっぱいをあげてて
最後はやはり長女が自分で「もういい」ってやめたそうですよ。



「このまま黙って授乳させていたらこの子何歳まで飲むのかしら」
おもっているお母さんが、いたらですね
もし女の子だったら
3〜4歳で自分から辞める可能性は高いよ、
とは言えるかもしれないです。


でもこういうことも、
ほんとにサンプルが少ないですね。
だって、あまりいないですもんね。




ずっと母乳飲んでいると
虫歯になる、とか
男の子だったらマザコンになるとか、
好き嫌いが増えるとか・・・
いろいろ言われることもあったな^^;


あまり興味がないからわからないけど
「まことしやかに」伝えられますよね。

それどころか、

母乳だけだと栄養が足りないとか(!)

・・・粉ミルクの方が母乳よりも栄養がある、とか
どこの誰が真面目な顔して言うんでしょうね。

粉ミルクは牛の乳で、
母乳は人間用の乳なんですけど。

借りてきたものと、オーダーメードなものと
どっちがよりぴったり合うだろうか。

動物の中で
好んで他の動物の乳を飲むのは
人間だけじゃないのかな?きっと。







自宅出産や助産院出産の人が友人にも多いのですが
実はそんなに大きくなるまで
おっぱいやっている人ってあまりいない。

多産だったりすると
次の子どもがお腹にできたから
おっぱいやめました、っていうパターンは多いから。


赤ちゃんがお腹にいる時は、流産しやすいから
上の子の授乳はやめるように、って書いてある本なども多いけれど

「わたしは上の子におっぱいあげてたけどだいじょうぶ
 だったよ」

という5人以上産んでいる友人(何人もいる!)
の貴重な証言もあり。






妊娠と出産のこと、それから育児のこと。

妊娠する前は、
勉強しないと分からないと思い込んでいたのだけど

本当は身体が知っているんだろうなーと
うすうす分かっていて

でも、今もう自分で出産する方法は
サンプルが親世代に無くなってしまったので
それを実践によって
実験して実証していくしかないことなのです。


ほんとうは!
育児にも出産にも正解も正しい道も無いわけだ。
だって、やり直しも出来なければ、検証もできないから。


だから、お母さんは
心おきなく、自分の生みたいように産んで
自分のご機嫌を大事にしながら
好きなように子どもと一緒に暮らせばいいの。


「育児」っていう言葉も、
便宜的にそう言うけれど
ただ「自分が好きなように子どもと一緒に暮らして」
いるだけなんだよね。
そういう認識です。



自分が」っていうのが大事なの

「夫の」でもなくて「父母の」でもなくて
「病院の先生の」でも「本に書いてあった」でも
「みんなが言ってる(誰だ?)」でもなくて

とにかく、出産も育児も
産む人が、好きなようにすればいいの。

それが、もっとも後腐れないのです。


病院で産むのが自分のリアル、という人は
病院で産まないと、きっと満足できないのではないかなー?

自宅出産はわたしはとっても好きですが
誰にとってもベストというわけじゃないんだとおもいます。






わたしには、
今生の子どもはソラとモモふたりだけなのですが
この2回の出産と育児で
すごくたくさんのものを貰ったなぁとおもいます。



10歳のソラと、2歳のモモ。


いつもどうもありがとう。
母を体験させてくれて感謝しています〜


モモが生まれるまで
ソラのことが大好きすぎて
次の子どもが生まれるのが恐い気持ちがあったんだ。
次の子どもが、ソラほどに好きになれなかったら
どうしよう とおもっていた。


わたしは子どもは
ソラひとりで完璧に満足していて
「ソラに妹か弟がほしい」
という気持ちだけで授かってしまうことを恐れていました。


その氣持ちにちゃんと整理がつくまでに
7年かかりました。



モモが生まれてきて、そんなこと
恐れることは無かったんだなぁと
おもったのです。


生まれたての子どもは圧倒的に可愛かった。
もう、すでにお腹の中にいる時から
愛していることはわかっていたのだけど
新生児のころに一緒にいるだけで
頭がぱかーんと開いたような幸福感はほんとに天国でした。
ソラも一緒に家族だけでした出産だったから
ほんとうにリラックスできて
さいこーだった。


あれを体験しただけでも
出産ってもうそれ自体が人生のギフト。





今おもえば、わたしは心の使い方が
子どもが生まれるまでとても狭かったのだろう。


愛は、そんな心が狭いものじゃないんだね。
好きな人が増えるごとに
愛する世界が広がっていく。






愛するソラ
愛するモモ


いつかこれを読むことがあるかなー?














posted by terra at 05:20| 岡山 ☀| 百日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

女性性 男性性


前回のこれ


▶︎ゴルフボールが当たったはなし


わたしと同じく、
ゴルフ場から飛んで来たゴルフボールで
頭を怪我をしたお子さんがいる親御さんから
メールをもらいました。


やはり、そういう事故あいるんだな、とおもいました。
事故にあって、同じような人を探していたようです。
メールの文面から感じたのは
事故の後遺症を氣にしながら
なんとか自分たちの氣持ちの落としどころを探っているようした。


次、時間があったら
わたしが自分を癒して再生させるために
「どういう経路をたどったか」
そういう話を書きたいとおもっています。

わたしのすごく個人的な癒し方だったけれど
同じような事故にあった人にも
すこし役に立つかもしれない。

なんで自分がそんな事故にあったんだろうって
皆、不思議だとおもう。


人生には
必然しかないということを
より強くおもうようになるかもしれない。




前の記事を書く時
事故の経緯を説明するために
過去の感情を
探して掘り返しました。

それは
辛いことなので
何度もやりたくないけれど
一度は放たないと、手放せないのだとおもう。


わたしは起こったことを
すぐにタイムラグなく書くっていうことに
慣れていなくて
自分がなんとかなってから
思い出してから書かないとならないのだけど。






ブログに書く、という以前に
相方の証太は出会ってからずっと
わたしの私設セラピストでいてくれて

なにかあるたびに
話を頭から終わりまで
聞いてくれる人なのだけど
今回は大変だったとおもう。


ゴルフ場やうどん屋の人のかわりに
証太がわたしに怒鳴られつづけていた。


なにせ、ゴルフ場の支配人だとか
謝りに来たゴルフボール打ったゴルフの下手なOBの人も
わたしが氣がすむまで怒るのに
値(あたい)しない人だった。

会社の責任者でさえないし
自分の腹からの言葉もでてこない。

話しても解るまでに何年かかるかわかんないし
だいたい、死ぬまでに解るようになるのかさえ謎なんだから。

(打った人は一応謝りに来たんだけど、
 その時に、帽子から靴までゴルフウエアだった! ほんとシラケる。
 デリカシー全く無いんだなぁ。
 悪いこと言わないからゴルフ下手だし、
 運も悪いから早く辞めたらいいのに、と思う)



わたしは男性は好きだけど
レベルの低い「男性性」は嫌い。



悪いけど「ゴルフ場」って、
 わたしからみると
低レベルの「男性性」のかたまり
みたいに見えるのです。

男性性のかたまりが
女性(と子ども)に対して、
一方的な暴力を振るったわけですから
その構図に対して
ほんとうに腹がたった。




なんども言うようだけど

福島で事故をおこした原子力発電所と
サイズの大小が違うだけで
本質はなんにも変わりはないわけです・・・



経済最優先」で
地域の安全性なんか全く見ていない。
まわりで遊んでいる子どもへの影響、そんなのは知らん。

あの「長船カントリークラブ」など、
ただボール打って
一級河川の河川敷を占領して
遊びたい「おじさん」たちの溜まり場。

\だったら、ちゃんとその中だけでやれよ〜/




証太に向かって
わたしが怒る時

わたしは、証太にというよりも
「男」という勝手な生き物
に対して怒っていることが多いから

彼は「男を代表して女に怒られている」人に
なっちゃうんだよね。
(かわいそうに・・・)


ここまでくるまで何世代も何百世代も
「男性」たちが自分たちの遊びをこじらせて
「戦争」したり
「経済戦争」したり
「受験戦争」したり

男が競争がしたいのは3歳のころから変わりません。

女性が出る幕がないくらい
やりたい放題してくれたよねぇ。




今、もう確実に
時代は変わってきていて
このままではいかない。



男性優位社会はもう
いったんおしまいです。

行き過ぎたものは中庸に戻る。


男性の中の女性性を高めていくことが
これから大事ですよ。

そして、女性はちゃんと男性に
ほんとうに言いたいことを言って
お互いの違いを認めあい、高め合っていくことが必要だよね。

世の中にどうして
女と男しかいないのか、それには意味がある。





先日17年ぶりにSwedenから日本に来た
ケンさんとゲータというとても素敵なカップルにお会いして
楽しい時を過ごしたのですが

お二人は「日本の男性が変わった!」とおっしゃっていました

17年前に来た時にはいなかった
子どもを一人で抱っこしたりおんぶしたりしている
「お父さん」を、たくさん見掛けたらしいのです。

Sweden では、ずいぶん前から普通の光景だったらしいです。




もう、変化は自然に始まっているんだ。






ラベル:授乳
posted by terra at 10:33| フラワーエッセンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする