2017年03月07日

実家出産と自宅出産 ふたつの出産はわたしのお宝






モモが生まれてもうすぐ3年。




産後2〜3ヶ月は私はモモとずーっと寝ていた。

脳がぱかーんと開いて
ありえないくらい幸せだった〜

部屋がキラキラして見える
赤ん坊とソラがますます可愛く見える
嬉しくて涙がでてくる
ご飯がおいしすぎる
お世話がうれしすぎる



産後このくらいは3ヶ月は寝ていられる
という準備をしないと
わたしは出産に臨めない。

(身体のことを考えたら3ヶ月は寝ていたい!)



だからうちは子どもが
間をあけて二人でぎりぎりだったなぁとおもう。
証太にそうそう仕事を休んでもらうわけにもいかない。

わたしが自分の世話をしてもらいたいのは
証太しかいないので。
うちの母や、証太の母も
ありがたいことに
手伝いに来てくれようとするけれど
他の人ではだめなのです。




ソラを産む前のわたしは、
いろんなことにあまりこだわりのない人だと
自分でおもっていた。

転勤族で育ったし
どこでもいいし、友だち誰でもいいし、
仕事もなにやったって生きていけるとおもってた。

あんまり人のことは興味がないし
自分のことだけやってたら
関わりはなるべく少ないほうがめんどうがなくていいとおもっていた。




ところが、いざ妊娠して
出産の準備に一からあたってみると



今まで知らなかったこだわりが噴出。
出産事情なんてそれまでほとんど知らなかっただけに
びっくりの連続だし。



まず、病院で検診に行ってみる
そうすると
病院で産みたく無い。

会陰切開ってなんですか〜?
分娩台って、なんだこれ?
エコー検査毎回毎回、多すぎることない?これだいじょうぶなん?
体重増えすぎっておい、越権やろう?
父親が立ち会う時には勉強会にでてもらいます?なんでだ?
だいたい毎回待ち時間が長すぎるんや!
助産師さんが立ち会わないと出産できないんだったら
医師ってなんのためにいるんだ???



助産院も調べたが
助産院でも産みたく無い。

いい助産師さんだったんだけど
やっぱり人の家だしリラックスできないー!





選択肢は自宅出産しか無かった。
単純すぎてすみませんが
そう言うしかない。


もうね、

「こんなことばっかり言ってわたしはワガママですか?」

     ⇩
「いやいやいや、これわたしの仕事やし、わたしが決めることちゃうの?」

     ⇩

「この仕事を好きなように後悔しないようにするために、ワガママいいまくったる!」



こんな風に思考は移り変わっていったわけです。


✳︎





ソラの出産の時は、今住んでいる家を
つくっている最中で落ち着かなかったし、
母親のご飯を食べたかったし、
証太をまだ頼りにできなかったので


わたしの実家の父と母を説得して
実家出産をさせてもらった。

あの時の父と母は偉かったね
凄腕出張助産師さんの助けもあって
結局、説得に応じたのだ。


最初は「自宅出産大反対!」だったけれど

良い助産師さんに出会えて
実際の「自宅出産」を目前でやってみせたら


産後は「自宅出産大賛成!」の人たちになっていた。
大感動だったみたい(そりゃそうだ)



でもって、わたしは自宅出産ならぬ
実家出産を体験して

満足。






助産師さんはとても
良い人だった。








しかし、
二人目になると





やはり助産師さんもいない方が
いいなぁ・・・


家族だけで産んだら
もっとリラックスできるし
氣を使わずに済むなぁ・・・・







という気持ちにあらがえず



モモの時には
いちばんミニマムな家族だけの出産にしてもらいました。
説得するのは相方だけ。

(双方の実家には内緒にしてた。説明しても心配させるだけだし)






そしたらやっぱり
とても良かった。

大満足。



もう、まったく完璧でした。

こんなにうまくいった仕事も
体験したことが無い。









おもうに、
出産っていうのは
セッ クスの成就したもので

セック スというのは
あまりにも私的なもので


究極的に
個人的に、個人と個人が二人でするもので
(3人とか4人とか、いろいろあるでしょうけど
 受精の瞬間はやはり2人だとおもうので)



なので、わたしは受精の相手はいて欲しいし
家に子どもがいるのは当たり前なので
子どもにもいて欲しい・・・



そこを頭で考えたわけではないのですが
出産の前なんか、わたしは
ほとんど動物です。
感覚しかなくなっている。








モモが生まれてくる前、
証太は家事を全部やっても、
それに加えて
仕事もできると思っていたんだよね。



だから窯焚きの予定もふつうに立てていた。
(結果・・・できなかった ←あたりまえ^^)


彼のつくるご飯はいつもほんとうに美味しくて
わたしは尊敬している。

冷蔵庫と野菜箱を見て、
いちからつくるご飯ができる男の人。

わたしはできないけど
魚もイノシシも捌ける人。




でも、そんなご飯って時間かかるよね。

3食ご飯をつくって
掃除して洗濯して子どもを見てたら


焼物の仕事なんかできるか???
(そんな仕事じゃないだろうに)







結局、モモが生まれた年2016年は
窯焚きができず。


毎年の窯焚きは、出産くらいの熱量の仕事だなということが
よくわかったのでした。


毎年、出産してるんだなぁ〜✨)






証太はそれ以来
すべての主婦を尊敬してる」と言っています。


経験してもらえて、よかったよ。



「俺だって主婦くらい、やればできるよ」
と、おもっている男の人なんて
急にやってもまずできないですよ。


体験できる時があったらいいとおもうんだけどね。








posted by terra at 12:48| 主婦のしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月30日

ゴリラのお母さん


えーと、お弟子志望の子が来たところからだ。



このお弟子志望の子を、リー君 とうちでは呼んでいる。
別に中華系では無い。岡山県出身。32歳。



個展の時にお客さんで来てくれて
「遊びに来てもいいですか」と聞くので、いいですよ、と言うと
ある時連絡もなく家にやってきた。


彼は、ものすごく無口である。




↑ここに書いたけど
うちはウーフに来てもらおうとおもって
小屋を借りていたから

まぁタイミング的にはいいかんじで。

ここに寝泊まりして働いてもらうことにした。

リー君には申し訳ないが、お給料はまだ出ない。

だけど、寝泊まりと3食は一緒に食べて
たまにガソリン代を支給するっていうことにした。


証太曰く
「まだほんとうにやりたいのか
 わからないから
 長期のウーファーだとおもうことにする」


証太は7年修行したけれど、彼はどうなるかな。





それで、なにが「主婦のしごと」なのかって言うと

弟子の子が来てわたしが氣をつけたことは

まるで産後の女の人みたいに

「わたしが家事をなるべくしない」っていうことなのだ。

せっかく人手が来てくれたのに
わたしがお弟子の「お手伝いさん」になったらいかんわけだ。


しかも、昔から「男子こそ厨房に立て」っておもってるんだから
ただの修行の一環として、台所しごとをしてもらいます。

だって
料理もしないで、
陶芸家になんかなってもしょうがないでしょう。




手が空いたわたしは「氣がついたことだけ」をやっている。

(シンクを磨いたり、階段を拭いたり、窓を拭いたり、服のシミをとったり、
 フキンを煮洗いしたり、枕カバーを繕ったり、保存食をつくったり・・・
 いろいろある)

おかげで台所が日に日に綺麗になっていく。ありがたい。

リー君も 皿を洗ったらシンクまで洗うようになった。
テーブルを拭く時は、サイドのところまで拭くようになった。
風呂に入ったら流したじぶんの髪の毛を捨てるようになった。
(もちろんトイレは座ってする)


それで、わたしは時間が空いたから

朝から晩まで

2歳の子どもの
「ダイスキダイスキー」「ねんねんパイパイー」
「えほんよんでー」

9歳の子どもの
「だいすきしてー」「だっこー」「本読んでー」

に、フルタイムで対応できるわけだ。


これは大きいよ。

ご飯3食つくってたら
こんなの笑いながら対応できないのよ。


昔、家事しすぎて
疲れて怒りながら証太に言っていたことは

「わたしを優しい母さんでいさせてよ!」


昔からおもうんだけど、わたしがやりたいのは

ゴリラやオランウータンのお母さんみたいに
年中子どもと一緒にいて
だっこしたりおんぶしたりして
「おなかすいたー」と子どもが言ったら

「お父さん、おなか空いたって」
と、オスに言う。そうすると
オスがバナナやマンゴーを取って来てくれる。



子どもと遊ぶのがわたしには楽しいしごとだから
それ以外のことはどんどん手を離したい。


手を離さないと新しいものは手に入らないって
わかってるからね。





だいたい、わたしのこの10年の
「主婦のしごと」の歴史っていうのは
どんどんできなくなっていく、
やらないことが増えていく歴史なのだ。

いや「できないことを明らめていった」っていうことかな。


やめたこと
1.自動車の運転(できるかも、とおもうのを辞めた)
2. 生協の週一の注文
3. お金の勘定(財布を持ち歩かない)
4. 子どもと自分だけの外出
5.  草刈り(草刈機の)



わたしは、こういうことはみな不得意だから
ぜんぶやってもらいたいっていうのを4~5年かけて理解してもらった。
「できないことはやらないでいいんじゃないか?」って
じぶんにも理解させた。



つまり、わたしだけしかできない家事っていうのは
もう無くしたかったの。


家事が女のしごとだなんて決まってないもんね。もともと。








津留崎徹花という、カメラマンの友人が
田舎に移住したい気持ちとその家族の冒険を
連載しています。コロカル、というwebマガジンにて。

今回はうちのハナシ。
↓↓↓











posted by terra at 22:53| 岡山 ☀| 主婦のしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

雨の日


今日は曇ったり雨がふったりの天気。
わたしは天候で体や心の調子がおおいに左右されるタチです。

今日は、いろいろやらないと・・・ということが
たくさんあったような氣がするのですが
どうも思い出せない。



2歳児 momo の、「読んでこれ〜」 (絵本)
は「飲んでこれ〜」に聞こえる。



最近はすごく言葉が増えてえて、かわいい。




posted by terra at 15:53| 岡山 ☀| 主婦のしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

陶芸家の奥さんて呼ばれるのいやだわ〜


昨日の書きかけ記事のつづき

今日は「陶芸家の奥さん」について


昨日の記事はこれ



そもそも「奥さん」て言葉として好きじゃない〜

だいたい「奥さん」ってわたしに言う人は
ただ、わたしの名前を知らないから言うだけなんだよね^^



でも、わたしはよく「陶芸家の奥さん」って言われるわけだ。


うちの家業は焼物だから
旦那さんは陶芸家」なら正しいけど、
わたしは「誰かの奥さん」がお仕事ってわけじゃないからね。



これがさ、女の方が陶芸家だったら
陶芸家の夫」って言われるかっていったら、言われないんじゃないの。

(そういう友だちいるけど、陶芸家の夫って言われてないし)




この間も 雑誌の取材で送られてきた記事に
「奥さん」って連発されていたから
ぜんぶ「相方」に直してもらった。



ついでに言うと
相方のことを「主人」とはまず言わない。
(ぞわぞわする)


相方のことはふだん名前で呼ぶ。


「父さん」というと
彼はすごく嫌がるので、言わないようにしているけれど
子どもの前では言っちゃう。







「奥さんのしごと」と言う時
わたしはなにが仕事だとおもっているのだろう。


 まあ、「奥さん」ていやなワードなんで

(それしかないと、そういっちゃうけどね
 あたらしいことばを発見しないとね)

「主婦のしごと」だけど。


まず、わたしの場合「母」が大きく入っていて
8〜9割がそれでできてると言ってもいい。

偏ってるね。でも、それがわたしなのです。

主婦の中で、他の人が絶対できないしごとってなんだっておもったら
まぁ、「母」なんだよね。

「母」と「相方」以外はアウトソーシングしようとおもったらぜんぶできる。
ご飯つくるのも、掃除洗濯するのも、しごとの手伝いも。



よく聞く「母になっても 女でいたい・・・」っていうじゃない

子どものころから
「もし 母になることがあるなら、
 ぜひ堂々たるお母さんになりたいものだ」と、おもっていたから

なんじゃそりゃ?っておもってたんだよね。

母と女は同じものというか
え?違うの?? みたいなかんじ。


女じゃないと、母になれないんだぞ。





あくまで全てはわたしの基準なのは言うまでもないが。
(しかし、わたしの基準=うちの基準 である)


でも、長女のソラが生まれた9年前には
わたしの「主婦」とか「生活」に対しての基準は定まってなかった。

この生活の中でだんだん定まってきたのです。


それは、リングを決めて
夫婦っていう抜き差しならない関係を
時間制限なしでやってきたからに他ならない。





結婚してから子どもが生まれるまでの間

そのころ、うちの相方は焼物を学ぶためにお弟子をやっていたから
生活費、独立に必要な費用、一緒に遊ぶお金、を稼ぐために
わたしが会社勤めをやりました。
(頼まれたわけじゃなくて自分が選んだんだけどね!)


どうせなら給料が高い会社でごりごり働いた方が
お金ためるのに要領がいいとおもってたので
リクルートっていう人使いの荒い会社に入った。
(人を育てているともいう)
ところが、毎日のように夜中になるまで家に帰れないので
2年弱で転職して、
今度はTっていう岡山のデパートの子会社に入った。


ま、そんなこんなの詳しい話はいつかまたできるかもしれないし
もうわたしとは関係ない世界なので忘れてしまっていることが多い。



でもねー、
オジさんたちと肩を並べて
「会社」ってとこで仕事をしてだね

お金が欲しかったから
適当にやってるつもりだったんだけど

その「会社」っていう虚構の世界に
どっぷりのおじさんたちを尻目に
ぜんぜんわたしは「どっぷり」できないのさ。

「会議」とか「役職」とか「MVP」とか「昇進」とかさ
ぜんぶ冗談にしか聞こえないのね。
おじさんたち、大真面目なんだけど。
男たちがつくる「ごっこ」の世界なの。


真面目な顔してるだけでたいへん^^



ましてや「会社」のために
過労死するとか、精神を病むとか
子どもをつくる機会を逸するとか
もう、考えられないわけ。

同じ天秤にかけらんない。


さいごはさ、もう早く逃げなくっては、とおもって
子どもできたって言って産休とって、
もらえるお金ぜんぶもらってから辞めた。

うちの会社は産休の前例がないって言っていたけど
制度としてあるんだから、みんなとったらいいのにね。


わたし、そのころ31歳になってたから
ここらへんで産んでおこう、っておもった
瞬間にすぐに妊娠したんだよね。









・・・・・


モモが昼寝から覚めたからまたつづきは今度
つづきってあるの?
ぜんぶおんなじ話だね、わたしの話って。見返すと^^;





ラベル:焼物 主婦  弟子
posted by terra at 17:10| 主婦のしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月10日

主婦のしごと



今日はもう相方と子ども達はあさごはんに起きてるんだけど
天気が良くて気持ちいいのでひとりでもう少し寝てる。


実のところデスクに座ってMacを触るのは
入力作業がたくさんある時くらいで
ふかふかの布団に寝そべってノートを広げるのが好きな体勢。
書き物もこうやってやるのが好きなんだ。


中高生のころから机に座って勉強するのって
実は苦手だったなぁ。
腰が痛くなっちゃうんだよね。



うちは山の中で木がまわりにたくさんあるので
夜があける瞬間、たくさんの小鳥が鳴いている。


一羽の小鳥が チチチチっ・・・と鳴き出すと
それが合図のように
あとは一斉に鳴き出すのが、いつ聴いても面白い。


夜は夜で
窓から満天の星を見ながら
流星見えないかなぁ、とおもっている間に
いつの間にか寝てしまう。







そういえば、一ヶ月くらい前に
うちにお弟子さんが来たのです。


6月にやった岡山での個展の時に
見に来た子で
その後うちに突然来て
未経験だけど焼物がやりたいと言うので
ためしに働いてもらうことに。

仕事を一から教えながら
今は食事も一緒で内弟子的に
共に生活しています。


証太の仕事を手伝ってもらうために
いよいよ ウーファー に来てもらおうかと考えて
歩いてすぐのところに
小さな離れ小屋を借りていたのです。
寝泊まりはそこでしてもらう。



ウーフっていうのは
有機農家と旅行者の間で

労働力 ⇆ 寝るところと食事

という交換をする仕組みで
焼物家も登録できるみたいなので
その準備をしていたところだったのだ。




そういえば
この家を建てたばかりの初窯のころは
家に常に同居人がいる時期があった

リストラで鬱になって相談の電話してきた
わたしの元同僚の男の子。

住んでいた家が取り壊しになって
ニートから就職したばかりでお金もないので
とりあえずうちに一時的に転がり込んだわたしの弟。

証太の故郷でパチスロしながら
ブラブラしていた歳の若い幼馴染。



・・・・



書きかけだけど
一旦おしまい。



また2歳児が
「おぴまい!、おぴまい!」

と言ってきたので。

なんでこれが カテゴリー「主婦のしごと」なのかってことは
また書きます。








posted by terra at 09:07| 岡山 ☀| 主婦のしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする