2015年11月09日

昔の日記から 「45日目」 命の責任は誰がとるのかということ



ソラはお腹にいた時から体重が

少ない赤ちゃんだった。


お医者:「小さいですね」

わたし:「なにか原因があるんでしょうか」

お医者:「わかりません」

わたし:「・・・・・」

毎回この会話を繰り返したなあ。



臨月ごろにはお医者さんが

「責任が持てない」から

「病院で産んだ方がいい」

と言っていたみたいなのだけれど


この場合

誰が「責任が持てない」のか?

医者でしょうか。

わたしでしょうか。


お医者さんはこの場合、出産は

「自分の責任」だとおもっているのですね。



わたしは命に関することって

「究極的に責任は誰ももてないものなのだ」から

「わたしの責任でさえない」し

「医者の責任」なんてものが、

あるってまったくおもわなかった。

だから

「結局家で生みたい」

と思っていたので

この二人はこの時、

あまり話が通じなかったわけです。



☆☆☆

妊娠後期は、わたしの頭のなかは

↓こういうことで始終

ぐるぐるとしているわけです。

文章にしてみるとこういうかんじ、というだけだけど。



子供は自分で生まれてくる。

好きな時に、好きなやり方で。

女が自分の体をつかってこの世に命を降ろすのが出産なんだな。


結局生きる死ぬを人間はなんともできないよな。


お医者さんだって

命に責任なんかとれないよな。


そもそも責任って、なんなのだろう。

いざという時の延命治療なのか。


子供には生まれるという

意志がある。



もし生まれてすぐに死ぬのだとしたら

そういう人生を選択して生まれてきた命だったのだとおもう。


どんな命なのか、それを全うするまでは

誰にも分からない。

結局、子供を宿した母の気持ちと身体にそって

やるしかないのだ。

それがいちばん子供の意志に近い選択なのだから。






☆☆☆





結局、生まれてみたらソラは

脂肪がとても少ないだけで

まったく健康体の赤ちゃんだったわけです。

そういうこともそりゃあるよな。

大人だって人それぞれ体格が違うんだから。

体格というのは個性です。


平均値っていうのは

あくまでも平均するから平均値なわけで。

平均にみんなを近づけようという努力は

意味がない。


エコー検査が発達したって

毎月毎週のようにエコーで見てみて

体長を計ってみたって

その赤ちゃんが

「ただスリムなのか」

「病気をもってて痩せているのか」

それさえも

分からないんだったら

エコーってなんのためにやるんだか。

ソラの妊娠時

あんまり何回もエコー検査ばっかりされたうえに

なにも得るものがなかったので

次の妊娠の時には

2回だけ。

あんまりエコーやりすぎるのも、

いいわけないでしょう。

そのこと考えると、

わたしは珍しく反省してしまいます。





(ゆ)






45日目
2007年01月03日18:04
2006は初めての子供を産んだ年。 

わが娘、空(そら)は 
生まれたときは2060gだった。 

生まれてから一ヶ月は 
ほとんどまともに寝ることもなく 
授乳していた。 

平常時のわたしなら無理なことだったけど 
できてしまう。 
体がつらいのはあたりまえだけど 
脳内に今まで無かった快感を覚える。 

昨日44日目、3470gになった娘。 
1410g体重が増えた。
posted by terra at 12:29| 岡山 🌁| こどもと暮らす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする