2018年06月28日

母の移住



布団を3枚、畳に並べて家族みんなで寝ています。




家をつくる時に、証太が張った二階の床板の上に

ゆうのおじさんが昔、

改築の時にとっておいてくれた畳を

6枚並べて敷いて、その上に布団。




そこに、家族で「四本川」の字に寝る。



四人だけど、敷き布団は三枚で、掛け布団は四枚。


だんだんふたりが大きくなってきたら敷き布団を増やす予定。





わたしがMacBookで文章を書いたりするのは

だいたいがここの布団の上です。


一階で洗濯物を干したあと、

mac持って二階へ。



今日はしばらく海へ行っていた

娘が寝ながら帰ってきて

布団のとなりで寝ています。



幸せ。

...この新月かぞくみんなみごとに眠い。月の力にはさからえない。さからわない。.ソラのヨガの間一時間の海。.ショータはおきらく釣りユウとモモは季節外れのワカメ漁。.のあとの.ピザ屋の友だちのチキンカレー。どんどん腕前上がってる。めっちゃ丁寧なサブジ。ふつーにオーガニック。.ワカメも茹でて刻んで玉ねぎまぜて食べたった。茎のとこが食べたかってん。..海で遊ぶ釣り人はゴミ拾いしようね。.切れた釣り糸だらけやん。.いただきっぱなしは良くないで。頼みますよ。.....#新月#海 #お氣楽釣り #維摩ヨガ#チキンカレー #ワカメ漁#カレーを食べたら報告しよう#釣りをしたらゴミ拾いしよう#てらぞのゆう.ピザ屋の友だち@munchs_eiko @munchs_hiroki ...









彼らは、精米に行くついでに海へ「ちょっと」釣りへ。

精米と、釣りと。

どっちが本来の用事なのかはわからないけど。
















広島にいるわたしの母が

岡山に引っ越してくることになった。




母は父と一緒に住んでいるので

もちろん父も一緒に来ることになる。



べつに、彼女はわがままを言って

親父をひっぱってくるわけではなくて

いろいろな事情があって結果

こうなったのだ。





わたしと実母とは、昔から、

三日間いっしょにいるとしまいには喧嘩をしだす、

という仲。



そんな娘でも、

彼女には血縁者であるというだけで

近くに住みたいらしい。



そして、孫に会いたい。それが本音。





父母は、若いころ

口癖のように「老後は子どもの世話にはならん」

と言っていたので

まさかこんな近くに来ることになるとは、と

おもったけれども

まぁ、いわゆる想定の範囲というか、

どちらかというと、予測どおりなのかもしれない。













佐野洋子さんの対談本「友だちは無駄である」で


(アマゾンでは文庫本1円から売っていた!

 随分と安い娯楽だからぜひ買って読んだらいいですよ)




佐野さんが友だちときずいている友情のうらやましいこと。



あんな友人が何人か母にいたら

母は自分の今住むところを

離れることにもならなかったかもしれない。




辛辣な娘よりも、優しい友だちがいたらいいだろうに。





人生のなかで自分のうんこもゲロも見ていてくれる

そんな友人を何人も持てるなんて、

佐野洋子さんて、ほんとうに自分がオープンなひとだったのだなとおもう。


自分も人のゲロの始末するの、「好きよ」とおっしゃる。




ひとは、欠点があっても他人と友情を築ける。


その欠点を誰かと共有して、

いっしょに笑ってほしいとおもったら

もう、友情ははじまっているのかも。




むしろ、欠点だらけの人間は友だちになりやすい。

自分も楽だから。






自分をオープンにすればするほど友だちができる。


母はまだそれをあまり知らない。




自分のことを「人嫌い」だと言っているが

それは本心ではない。


あれだけ人とのお喋りが好きな人もいない。





母にはフラワーエッセンスの「Waterviolet」を処方している。

「孤高」の人のためのエッセンス。



わたしもこのエッセンスを飲むように

師匠のマリさんとのセッションの時よく言われていたのですが

わたしはそのぶぶん、

だんだん開かれてきてますね。おかげさまです。


逆に、今まで人に氣をつかって合わせていたところが

合わせられなくなってきたみたいです。


いつもそのまま、自分のまま、になってきています。

経験から来るもの、年齢的なものもあるかな。

でもフラワーレメディの効果はたしかに。





母は、これまでも

車で走ってきては、

いろいろな家を趣味のように見てまわっていました。




母にとっては車の運転は

簡単なことらしく

わたしの知る女の中では

母がいちばん運転があぶなげなく上手い。

50歳を過ぎてからタクシー会社に就職し

二種免許をとりに行って、2〜3回で受かっていたほど。





わたしはそういうところを

少しは受け継がなかったのかな?ともおもうし

似てない人は、とことん似てないんだな、ともおもう。












てらぞのゆう

娘が起きたので、今日はここまでです。





.花かんむり🌸リクエストに応じて母さんつくりましたよ。.花の首飾りも。.あとは花束だ、って時に@chikacikap がちょうど庭の花をブーケにしてもってきてくれて、完成。.子どものイマジネーションに付き合うのはかなりたいへんだけどけっこう好き。.子どものころの感覚を思い出す。.ほんとうにお姫さまだった時代や妖精だった時季があるんだよな。.母さんは昔から夢だったほんとの魔女になりましたけどね。.写真撮ってくれてるのは姉ちゃんです。.....#crystalchild#rainbowchild#fairy #princess#花束 #花かんむり #花の首飾り#魔女#庭の花#足元はこれはこれで良いかんじ#暑くてもレギンス#早くも冷えとり#てらぞのゆう

posted by terra at 19:55| 岡山 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

都会のおもいでなど


今日はむやみに早起きしました。

3時です。午前3時。



わたしは寝る時間も起きる時間も一定になりません。

その昔、会社員時代は遅刻するんじゃないかなんていう

緊張感がありましたが

今は困りません。



なにか用事がある時は、起きれます。

早起きしてしまったら、起きちゃえばいいし。





それで、こういう風に時間があいたんで


今日は、ゆっくりひとりでお風呂に入って

洗濯機まわしながら、歯磨きをしっかりやる。

それで、今日はブログに一文あげる。




贅沢。

幸せです。





今日も着地地点を決めずに書き始めて

適当に終わりになるとおもいます。


書きたいことは実は、たーくさんあります。

不思議な体験や、楽しいこと。

でも、人生ぜんぶはとても書ききれないし

言葉が下手ででてこない。



書けるところまで書いて、

あとはもしお会いすることがあればお話できたらいいな。

話する方が早いですもんね。









さて・・・


森道市場へ行ったこと

新しく焼物を取り扱ってくれるお店が増えたことなど


.森道市場初日  BOREDOMS!.めっちゃかっこよかったよ。.余韻に浸っていると、その夜コタンのヒデのナビでヨシミさん来店してくれました。@emeraldragonfly.写真撮ってくれたのはちょうどいてくれた靴屋のイケマ。@ikema_ ..うすい備前焼探してる、とおっしゃられていたのでうちへようこそー!でっす。笑!.全方面スーパーハイセンスなYOSHIMIさんなんてなんて素晴らしいことだ。.ステージを降りてきてくれたヨシミさんはほんとに素敵なバイブスの女性でした。...森道市場ありがとう。祭りは生き物だね。...#森道市場2018#boredoms#ooioo















ご報告したいことも、

たくさんあります。



さいきんInstagramに慣れてきて

ちょくちょく写真をあげているので

ご覧になれる方はぜひフォローして、見てやってください。

⇩⇩⇩



今もっとも頻度高くやっているSNSです。

すごいですね、このブログ始めたころには

影も形も無かったサービスなのに、

今ではブログを凌ぐ便利さになっている。

でも考えてみたら

こんなふうに、だらだらと文章を書いて

誰が読むのかわからないところに

流していけるブログという形態を、わたしは好きになってきています。










証太は次の窯のために 土づくりしながら

今は少しづつ、手びねりのものをつくっています。



.2018-6-21 くもり.友だちに.都会から田舎に引っ越して.調子はどう?.とたずねると.つやつやとした顔で.収入がずいぶんへっちゃって.と言う.ずいぶん元氣そうなので.それで、幸せなの?.と、たずねると.すこし、間があって.うん、幸せ.と、言って笑うのだ。.......#寺園証太#てびねりの器#てらぞのゆう#夏至











来年は、東京で2箇所、

二人展と個展がきまっているのです。

関東での展示会は、独立してから

初めてなのです。




場所は、春に目黒の「宙」にて二人展

おそらく秋(未定)に原宿の「playmountain」にて

個展の企画をいただきました。



また改めて詳しくお知らせしますので

どうぞよろしくお願いします。






東京といえば、わたしと証太は

東京の大学へ行っていました

そのころ、江古田という町で一緒に住んでいました。




証太の母には、常々、

結婚する前に一緒に住んではいけない

と言われていたのですが

わたしはそのころ「結婚する氣はなくて同居はしたい」と

おもっていたので

申しわけないけれど言うことを聞きませんでした。

ろくでなしですね。子どもというか。



証太の両親は一般的に見てとても良い親御さんなのです。

わたしはおかしなことを言う女の子だったのです。



おかしなことをいう、とか

ろくでなし、っていうのは

いわゆる、常識、っていうところで 言うとですよ!


親の言うことをきかずに

そういうことを自分がしてきたので

結婚せずに同居することがちっとも悪いとはおもっていません。




逆に、同居してもみずに結婚する方が、

実は向こう見ずなんじゃないかとおもっています。

そんなこと無いですか?

一緒に住んでみないと分からないことがたくさんあります。

一回の恋愛ごとに律儀に結婚して

また離婚して、を繰り返すのもべつにいいのですが

手続き嫌いなので、役所に行く回数はなるべく少ない方がいいのです、わたしは。





わたしが、東京のコンクリートジャングルで、

寂しいおもいもせずに

楽しく暮らせたのは、

証太と出会って一緒に住んでいたのが大きいのです。

大きいというか、ほとんどですね。




東京でワンルームで本当の一人暮らしなんて

今のわたしにも、当時のわたしにも

おもいつかないライフスタイルです。





昔、山田詠美さんの本が好きでした。

よく読んでいた中学生、高校生のころ。

詠美さんは、

心の中で、いとこのお姉さんのような存在でした。



彼女のエッセイで「わたしはひとり暮らしはあきらめた」

というようなことが書いてあって。

その一文を読んだ時に

「ああ、わたしもそうだ」とおもったのを覚えています。



わたしは、詠美さんの本を小説というよりも

年上の人が書いた恋愛の指南書として読んでいたらしく

じぶんが恋愛とやらをせっせととりおこなう歳になると

もう読まなくなったんです。


特に、自分が結婚して、子どもを産んでからは

すっかり読まなくなったんですけどね。


子どもがいたら、詠美の世界にどっぷり浸れないものね。

詠美ワールドはまったくリアリティを失って

わたしは子どもワールドへ誘われたのでした。



子どものいない人生っていうのも、だから、素敵だとおもいます。

そういえば、詠美お姐さんと仲良しだった

作家の 宇野千代さんも、おばあさんになっても可愛かったものね。


子どもとは、かくも親を老けさせ、可愛くなくさせるものなのか。

なのに、ほとんどの女は、ある歳ごろになると

子どもが欲しくてたまらなくなります。

ホルモンのせいだとは分かっていても

分かっていても欲しいものはどうしようもありません。



子どものいない女の人に、歳をとっても

可愛さを保っている人が多いのは

事実です。








ひとり暮らしをはじめて、すぐに証太に出会って

一緒に住みだして、

証太が東京を先に去ってしまったころには

ちょうど大学に入った弟が東京に来ていたので一緒に住んで。




なので、わたしは

結局ちゃんとした、ひとり暮らしをしていません。





その上、

ちょいちょい、意味なく何日も友人の家に滞在したり

毎日のように料理が美味しい居酒屋でご飯を食べたり

飲みにいって、そこで知り合った人と

2軒目行って、またそこで知り合った人と3軒目に行って

結局知らない人の家にみんなで泊まりに行ったり。


なにをしていたんでしょうねぇ。

なにがしたかったのでしょう。


生活している感がぜんぜん無かったですねえ。



たくさん稼いでたくさん使って

ふわふわと街の中を漂って家に寝に帰るような感覚でした。




今おもうと、あのころがあったから、

今の田舎のライフスタイルに出会った時

すごく刺激的で楽しかったんだなとおもいます。



しっかり土の上で「暮らしてる」っていうのが

すごくかっこよく見えたんだな。












ところで、わたしは、今

「フラワーエッセンス」というヒーリングツールを

処方したり、カウンセリングセッションをしたり

ということを、自分のしごとにしています。

これをやることになった経緯また少しずつ書きますね。

スピリチュアルなことたっぷりな話になるとおもいます。



しごと にしていると言っても

まだ、屋号も決めていないし、

名刺もつくってないですが、

今は、それが必要だとおもった友人や

家族に乞われる時に

しっかり時間無制限のセッションをして

(駆け出しなので時間で奉仕です。楽しいし)

良い循環の中で、お金もいただきつつ、

勉強させてもらっています。




スムーズに初めてしまったしごとなので

今のわたしにちょうどいいくらいの頻度で

セッションの依頼をしてもらえるので

ほんとうにありがたいなぁと。





ちなみに、


ただいまのセッションの価格は

トリートメントボトルひとつをつくるセッション


(今のところ制限時間きまっていません)


3,000円です。

メール、お電話などでもセッションできます。


送料は国内500円いただいています。




ご興味ある方はご相談くださいね。

terracoya@gmail.com へどうぞ。

.寺園家のゆうです。昨日はだいじな友人が蒼い顔をしていたので急遽セッションしました。.しかし、この3日間、誰がひいても出続ける #Aspen のカードがまた。.#新月 だからかな。胸のワサワサ、ざわざわ。.『原因不明の、漠然とした、目に見え  ない力に対する恐怖や不吉な予感』.人間だとようするに死に対する不安。「自分が死ねこと」を知りながら生きている動物は人間だけみたいです。.他の動物は死の瞬間まで「生きて」いるのでしょう。.アスペンは、そういった不安や恐怖がでている時に必要とされる #レメディ 。.1935年に #DrBach が発見したポプラの #フラワーエッセンス です。 ..#アスペン を飲むと自分の中にある『 #未知のものへの勇氣 』に氣がつけます。.「 #フラワーレメディ 」はわたしがソラを妊娠している時から使いだした「 #ホメオパシー 」と考え方がとても似ている。.開発者の #バッチ博士 ( 🇬🇧1886-1939 )がそもそもホメオパシー病院で働いていた人だから、あたりまえかも。.各症状や病氣に対応するというよりもより人間全体、人生全体が変化するかんじ。正確にいえば、自分の人生が取り戻せる。.偏りが  #中庸 にもどる。....ああ、#スピ系 ね、っておもう方もいるでしょう。.わたしこそ、そもそもが若い頃から#占い とか #スピリチュアル とかいらない、女子の好きな #おまじない に至ってはバカにしていた人で。.自分の人生は自分でなんとかする、っていう #男性脳優位 なタイプだったのです。.つい最近まで。...しかし、この3〜4年のあいだに、いろんなことが沢山おこり、抗えず、#フラワーエッセンス の 魔女の弟子 になり自分も 魔女 になりました。.魔女改め「#花使い」ってこないだ友だちのひーちゃんがセッション中につけてくれたんですが。.4年前に牛窓に来た #魔女の先生 @manaloamari マリさんは来月から関東に帰ってしまうので、ほんとうに瞬間的でいて永遠の出逢いでした。.マリさんほんとうにありがとう。わたしの人生にこんなに愛で導いてくれた先生は他にいなかった。なぜだか、厳しく導いてくれる人が多かった笑.まだ屋号も名刺もなにもつくってないんだけど、頼まれて友人や家族のセッションをしたり、新しいエッセンスを作ったり、レメディのボトルを調合したりの日々です。.言いたいので魔女っていいましたが、効き目があるのだからしょうがない。.はっきり言って、抗がん剤とか予防注射だらけの医学より、こっちの方が #幸せになれる科学 なんです。.今、医療がまったくいらないわけじゃないし、すばらしい西洋医学のお医者さんもたくさんいるのは知ってるんですが、要はどちらも万能じゃない、ってこと。万能じゃないんですよ。.天上界と、三次元、バランスとっていきましょう。.そもそも開発者のバッチも医学博士だし医療の限界を感じてレメディをつくったわけです。.でもわたしには『魔法』の方が素敵だから科学じゃなくて #魔法 がいいです。.人がその人らしく変化し、本人に戻って行くさまは感動的。.2枚目の写真は ユウソラモモそれぞれの調合ボトル。証太のももちろんあります。.7才までにフラワーエッセンスに出会うとその人生の中で #精神の病 にならない、と言われています。.ときどき、知識の整理を兼ねて、#bachflower を紹介します。.....#flowerremedy #flowerremedies#floweressence #floweressences#てらぞのゆう......




















今までやってきたしごとも

その時その時で、一生懸命、「天職かも?」「適職かも?」

とおもってやっていたのですが



わたしはじつは真面目なので

自分ができないところを鍛えることに

みょうに熱心だったこともあって

そもそも、向いていないことに手をだして

泣くほど泥沼な努力する、

というのを繰り返していたような氣がします。


例えば、営業とか、事務職とか

28~9のころ、リクルートに入社するときなんか

清水の舞台から飛び降りるつもり とは

こんなかんじなのか、とおもっていたのです。



「逆だろ?」と言われるのですが

わたしにとっては

大きな会社の会社員になる、というのは

けっこうな恐怖をかんじることでした。









あ、そういえば

昔、バカラ(クリスタルグラスのブランド)の直営店で

ただの販売員をやっていた時は

毎日ピカピカの美しいグラスやオブジェに囲まれて

1日数組のお客さんと話をするくらいで、たいして忙しくもなく、

暇な時はグラス磨いて、きれいにして立ってればよかったので

向いてるし楽なしごとだなぁ。とおもっていたのですが

いかんせん、これはお給料が安すぎて転職してしまいました。










わたしをフラワーエッセンスの世界に

誘っていってくれた先生というのが

佐藤マリさんという方なのですが

このブログで、ちらっと都会と田舎について語っておられました。


⇩⇩⇩

いのちの水 マナロア マリさんブログ「3次元で生きる」



主にFacebookで活動されていますが、

ブログはまとまった思いが綴ってあって

拝読させてもらっています。




たぶん、マリさんの話というのは

急に読んでも

わかりにくいところもあるとおもうんですよね

キャッチできないひとにはわからない。

でも、だからわたしのような

まだこの世界にタッチしたばかりで

フレッシュなところ、ボーダーに立っているひとが必要になるわけです。


実際、わたしにセッションを頼んでくれるひとも

「マリさんだと恐れ多い」っていうひとが多いのです。

セッション料金も安いしね。

この間口をついてでたのが

「わたしは今、牛窓でいちばんくらいに安い魔女なの」

現在、安売りしてます笑






マリさんは、

フラワーエッセンスに限らず自然療法、

セラピー関連に膨大な知識と経験があり

知識も経験もあるけれど、そこに留まらずに

ずっと経験と勉強を重ねられている方でもあります。


そして、実際に何代も先を見て活動されています。



この方が4年前に牛窓に家族で引っ越して来られて

それから、わたしのフラワーエッセンス歴が始まるのですが

そのころは、勧められてなにかよくわからないままに

飲まされていたというか、試していたようなものでした。




そのマリさんが、わたしの適正を見抜いてくれて

「あなたはフラワーエッセンスを処方するひとになりなさい」

と言ってくれなければ

わたしは、こんなことをやり始めてないですし

彼女がいないと、今やっていることはまったく違うとおもいます。





フラワーエッセンスのことについては

これからもちょくちょく、詳しく書かせていただきますね。




さきほど地震があって、家族も起き出してきたので

今日はここまでにします。





いつもとりとめの無い話を

読んでくださってありがとう。



よい一日をお過ごしください。






てらぞのゆう

..やきものとフラワーレメディ..一緒に納品.けっこう嬉しい。........#寺園証太#shotaterazono#てらぞのゆう#備前焼 #bizen#どんぶり #丼 #器#floweressences#flowerremedies#バッチフラワーレメディ























posted by terra at 08:39| 岡山 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月05日

子どものこと、わたしのできることできないこと



こんにちは。


ブログの最初の挨拶は「書いてる時間」でいいんですかね?

今、考えてしまいました。




夕方ちかくの昼過ぎです。





今、わたしは娘がふたり、証太に連れられて

ピアノ〜図書館 へ出かけて行ったので

最初、フラワーエッセンスの勉強(研究?)を始めたのですが

ふと

ブログを書こうとおもいました。






一人になると、焦るのです。





ふだん、あまりにも家族一緒で

多くの時間を過ごしているので

一人で家にいると

「ひとりの時でないとできないことをしないと!」

という氣がしてきて。




ひとりの時でないとできないこと

を考えたら、今はブログを書くことだった

という今です。







結局、子どものことを書こうとおもったんですよね

わたしは書き始めると、最初書こうとおもっていたことと

ぜんぜん違う結末になったりすることが多いので

今日もどうなるかわかりません。

それに、いつも長文になる、という癖がありますが

長文好きな方、よろしくお願いします。









今の、わがやの子どものことです。

困っているわけでも

自慢でもない

現状のはなし。






11才の長女は6才から小学校へ行っていない自宅学習者です。



保育園は3才から行ってましたがずっと嫌いでした。



遊ぶのは好きだったけれども

先生に遊び方や、その時間しなければならないことを

限定されるのが嫌だったのそうです。




保育園に行ってもらっていたのは

親の仕事の事情です。




そのころは窯をつくっていました。

3年かかって。

子どもを見ながらが無理だったんですよね。

親のほうが。






小さな保育園が2年で子どもが少ないため閉園になると

幼稚園に行きました。





幼稚園はわりと好きだったそうです。





さて、小学校ですが

級友にいじめられたわけでも、

朝、お腹がいたくなったわけでもなく




自分で6才の時に5日間だけ学校に普通に行って


「学校は合わないから行かない」


と自分で決定して、それからずっと家にいます。




勉強はテキストをつかって、自分でやっています。

わからない時の先生は親です。







4才の次女には 幼稚園に行きたい! と 言われているけれど

まだ行けていません。





・・・・という家庭環境です。

4人家族が、いまのところずっと一緒に家にいて

仕事したり、家事したり、遊んだりしているわけです。






書き残しておこう、とおもったのは

今、フラワーエッセンスのカードを見ていて

ふと、「この家庭環境はあまり無いんじゃないだろうか」

とおもったのです。



そして、

お話することで


どなたかの役に立ったらいいなとおもいました。




特に、子どもの「不登校」を氣にしたり心配したりして

苦しいおもいをしている人がいたら

(「不登校」とわたしは言いませんが)

こうやって元氣にやってるよ

という人のはなしを、聞いてみてください。










ここから、ちょっと話ははずれて

わたしと車の関係の話をしますね。

はずれているようで、

切実なことなのですが。






わたしが田舎住まいなのに

車の運転ができないので



子ども関係の外出もぜんぶ、

ただでさえ焼物の仕事が忙しい証太が

手をとめてというよりも

毎日の仕事の一環として行かねばなりません。





毎日送って行くとなると

車で10分ほどかかる幼稚園や保育園に1日2回

往復することになります。







ここに来たころ

わたしは、証太がやっている仕事がとても好きなので

できれば自分も車の免許を習得して

彼の仕事を応援したかった。



子どもの送り迎えだって買い物だって、

さいしょ、田舎に移住してきたころは

わたしが担当しようとおもっていたのです。



しかし、何のトラウマなのか

わたしは車の運転席に座るだけで

すごく怖いのです。


手や足がこわばって、普通に動かないのです。

助手席その他、他の席に座るのはだいじょうぶ。

あまり乱暴な運転の人は苦手ですが

あまり飛ばす癖の無い人ならだいたいだいじょうぶです。




結局、免許ことを考えるのが憂鬱なので

車の運転のことは一旦は証太にも諦めてもらった

という過去の経緯があります。




都会に住んでいる時は

いらないから免許をとっていないのだと

自分で思いこんでいたし




田舎に住んでからは

免許は必要だから取りにいかないといけないのだけれど

通うのはたいへんだから子どもが小さいうちは無理だ

と思い込んでいました。






運転したら、自由に自分の動きたいように動けるんだから

免許とりなよ!と

軽く、いろいろな人に言われました。




当たり前ですが、みんな運転できる人です。

証太ももちろん、言っていました。





生きていると

人生の中のいろいろなところで

自分を解放していくことが必要です。




わたしの解放もいろいろなところで

おこっているのですが

この「車の運転ができません」と

証太に伝えた時も、そのひとつでした。



人から必要とされる能力が無いことを

自分で認めることがなかなかできなかったのです。






モモがまだ幼稚園や保育園に行けてないのは

この11年、家族だけで過ごしている間の

フリースタイル感がなじみすぎて

まだ、親の方が

送り迎えの用事をこなす生活にチェンジできないというのが

ほんとうのところだとおもいます。

わたしが運転できたら、また違ったはなしになったかもしれません。




でも、うちの家族は

母親が運転ができないこと

娘が学校へ行かないこと。

に、馴れてしまった。



わたしと証太は

長女が自宅学習者になった時

「子どもが学校へ行かずに家にいる」と

「親の方が実はたいへん」というのを体験しました。




子どもの 好奇心、体力、に一日付き合うと

おとなはたまったものではありません。

仕事どころではないし

家事だって滞ります。




わたしの育児と仕事と家事は

自分で決めたバランスでやっていて

「いつも子どもに機嫌よくいられるほど」

が自分に課した基準です。

だから、なおさらです。




機嫌がいい人でいたい、というのが

わたしの望みです。








もう、証太もわたしも

「子どもが家にいてもだいじょうぶ」な体になっているのです。

やっとこさです。子どもの成長は早いから

たいてい親が追いつきません。



わたしたちは、ちかごろでは

子どもが家にいて盛大に遊んでくれているのは

ぜんぜんかまわない、という親に仕上がっていました。

子どもを見ながら仕事も家事も・・・・

能率はとんでもなく良くないのですが

・・・・できます。







そうしたら、今度は次女は

幼稚園へ行きたいのですって(笑)



うちは、親の主義で

子どもを学校へ行かせていない

のではなく

究極的に子どもの決断に従う、という

教育態度をとっている二人なので

子どもの希望により

自分が変わらなければなりません。









毎日のルーチンって

ほんとに苦手です(私がです)

大学までしっかり留年もせずに

通いましたが、実はとても苦手。



子どものころ、

夏休みの宿題は毎年すぐに終わりましたが


朝のラジオ体操はたまに行けるくらいでした。

そもそも、ハンコ押してもらうのだけじゃ

ぜんぜんモチベーションにならなかった

という理由が大きかったかな?




わたしは、他人にノルマを掲げられても

クリアするために努力することが

どうしてもできないのです。




自分が「これは」とおもった

人、コト、モノ、のためでないと

動けません。





わたしは「学校へ行かない」と言った子どもを

すぐに受容できます。


不安や心配はわたしだってひととおり、しました。

でも、だいじょうぶ。


どちらかというと今から

積極的に学校へ行きたそうな

次女のほうが

わたしたちには難題をもってくるのかもしれません。




でも、それもやっぱり必要な人生のテーマなんだとしたら

楽しんでやっていこうとおもいます。





てらぞのゆう


















posted by terra at 17:32| 岡山 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする