2016年04月23日

熊本と原発

熊本の地震がおこってから

もう一週間たった。



一週間たったていうのを

今、はっとおもいだした。




わたしは、というか、うちは

曜日感覚があまりないのだ。


子供は1才の乳児と

ホームエデュケーターの9才なので

学校関係のいろいろが無い。



それに、相方は焼物家で

1年に1回か、多くて2回の窯焚きをする。

家が仕事場なので、一年中家にいる。

週刻みでは仕事のスケジュールをたてない。




彼にとっては、曜日だては、

今のところ

お茶の稽古の日と

グリーンコープ生協の日を覚えておくためにある。

それから、土曜日の朝に

ピーターバラカンのウイークエンドサンシャインという

ラジオの音楽番組を聴くために。






先週の土曜の朝、

その、

ピーターバラカンさんの番組を聴いている時に

地震速報が入ったのだった。


ほんとに、すごいやなかんじの地震速報の音階。


なんであんな「やなかんじ」にするんだろう。





相方には妹が3人いるんだけど

その内ひとりの家族が熊本に住んでいて

バラカンさんの番組もそこそこに

彼は妹に電話していた。

妹はツヴィリンゲという双子ユニットの片割れだ。


⭐︎ツヴィリンゲ


とりあえず、家族みんな無事。

でも家の中はすごい状態らしいし

家自体も傾いて見えるって。

実家が福岡にあるから

今は避難している。



それから阿蘇には ケンゴマンとノブちゃんがいる。

⭐︎吉田ケンゴ Twitter


ケンゴマンの娘の、ハナちゃん家族もいる。



とりあえず、ケンゴマンとノブちゃんのことは

彼のTwitterを見たら様子がわかる。

無事だし、やっぱりケンゴマンはケンゴマンだ。

今、Twitterをふと見たらまた読み込んでしまった。

(わたしはTwitterの見方がイマイチわかってないんだけれど)





ケンゴマンに初めて会ったのは、4年前だったか

埼玉の長瀞でやっていた

こどものおまつり「てのひらまつり」

(主催者はnaco のアキ&シホ)

3.11あと 2012年から岡山の八塔寺ふるさと村 で再開した際に

誘ってもらって出店した時だった。

3日間続けて開催する てのひらまつり。

特に「おいしい食べ物」と「手しごともの」

の出店のチョイスがすごく良くて楽しいお祭りなのだ。



ケンゴマンは

目を見ただけで、なにかこっちまで

中身が変わってしまいそうな

そんな「100%本気で生きてる」かんじが

伝わってくる人だ。

イケテル50代って自分で言っていたけれど

ほんとに、イケテル年上の人って

自分が生きる上で勇気がでるよ。




ケンゴマンたちは関東に住んでいた3.11あと、3.12にはもう

バンに自分の子供6人を一緒に乗せて避難のロードに出た。



今は阿蘇の山の中に電気も水も火も自給して家も手作りして

住んでいて(だから生きてるだけでもすごいんだけど)

宮崎で「ひょうたん市場」という楽市をつくる活動を

進めているところだ。




てのひらまつりで 初めて会った時

ケンゴマンに

「今、好きなことだけやって生きていけるか実験中なんだ」

と、話をしたのを覚えている。

そのことを口に出したのは多分初めてで

自分でもちゃんとした自覚がそれまで無かったのだとおもう。

言葉にして

自分は今そうおもって生きているんだなと確認した。




きっと、見ただけでケンゴマンがそうやって生きてる

のが分かったから

そのことをこの人に言ったら

一言で分かってもらえるとおもったのだろう。

言葉っていろいろ言うと

どんどん心がおもっていることから

離れてしまうから。

(だから言葉はつくすのだけど)

分かってくれる人に

一言で言うしか無い時がある。



そんなケンゴマンのTwitter

今、 生の熊本阿蘇の情報をくれます。



とにかく川内原発、止めないとだよね。

話はそれからだ。





posted by terra at 07:32| 岡山 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

愚痴とノロケと

先日の日記には

わたしは女子会が好きではない

女の人とのおしゃべりも苦手

と書いたのだけど

ちょっと補足しておかなきゃならない。


話ししてて楽しい女友達はたくさんいるのです。

歳をとるごとにそういう女友達との会話の良さを感じてもいるし。



なんだろ、当たり前だけど

自分を満たしてる人と話すと男だろうが女だろうが

楽しいよね。




面白くないな〜とおもうのは

本音を言わない人と一緒にいる時だよな。

同じ人と話していても

「あ 今こいつ、本音で話してるな〜」と気づくと

ちゃんと気を入れて聞こう、とおもう。




何がいちばん聞きたくないかというと

やっぱり


旦那の愚痴(嫁の愚痴)

The・時間の無駄。


わたしは
ノロケなら聞く。けっこう喜んで聞くとおもう。

ノロケで返すこともする。



問題なのは


愚痴のふりをしたノロケ


ほんとに聞かされるのが嫌。迷惑。




ノロケるなら、ちゃんと惚気てほしい。
(ノロケってこんな字だったのか・・・)



愚痴は 相方 に 直接 言ったらいい。




愚痴っている間は

自分が癒されてないということだからさ

問題は自分だとおもうよ。









そういえば、今朝起きて

モモにご飯食べさせてたら

昔のショータのいやーな一言が思い出されて

起きたばっかりの彼に向かって

怒るっていうか

おもいっきりクドクド愚痴を言っていた。



こういう感情って

決して無くならないから

本来すぐに言ったらいいんだけど

ちょっと我慢して蓋してたら

へんな時にへんなところから出てくるんだよな〜




ソラが生まれたころのわたし

ショータと一緒にうちの実家で家出産までしたのに

まだまだ気を使って言えてなかったんだよね。



でもって、出産と子供と一緒に暮らすことが

我々の大きな学びだからさ。

これも学んだことのひとつだよ。

「パートナーに、気を使わない」



まぁ、もともとショータは

器が広くて、心が優しくて

ほんとにいい男なんだけど(←ノロケ)



あのころは彼もまだ「弟子」から上がってすぐだったし

そっから「男」になるには

わたしがもっとビシビシやらないといけなかったのだが

わたし自身がそうやって自分を出さずにいたから

産後もやや鬱になったし


 ※ 助産師さんが出産の翌日

 骨盤を矯正的に締めちゃったのも鬱の原因。

 (助産師さんにしてみたら奉仕の心でやってくれたのだ・・・
  熱心でいい助産師さんだったんだよ)

 これ、誰かに役に立つ話だとおもうので

 今度まとめを書きます。

 ソラの時と、モモの時で、

 自分で人体実験したので

 わたしはよーく分かりました。

 産後に骨盤は強制的に矯正したら

 とにかくよくないという話。




男を鍛えるのはと、仕事





それで、女の話し聞くのは男の義務だから!

女と暮らしたい、結婚したいとおもったら

男は愚痴を聞く気でいないと。

耳を塞いだり、逃げたり、家に帰らなかったりする

男の人、多いよね〜

鍛えられる機会を逸してる。

成長しないもん。





男どうしで連んで遊ぶのはいいけれど

仕事に逃げるのもよくある手だけど

それだけじゃ男は上がりませんよ、ほんと。




女も、女同士の愚痴の言い合いってのは

男が仕事に逃げるよーなもんだっていうのを

直視したらいいんじゃないかい。





今ではショータも

そんな日常にすっかり慣れて

ごめんね〜って素直に謝るので

(そしてハグハグする)←ノロケ


またひとつ、わたしのトラウマ的な

怒りのマグマが癒されるのです。

はぁ、よかった。

今回はほんとうに氷解した。




あたし、悲しかった!

寂しかった!優しくして欲しかったのに!

という気持ちを表すことが必要なんだろね。

愚痴をいうにも。

あとで、赦しあってハグハグできるように

怒れたら、いいんでないか。

ほんとは愛し合いたいわけだから。

( ↑ 自分に言ってる)








「いつの話ししてんだよ!」とか

言うような男はいらないなぁ・・・







女が本音を腹から出すほどに

男は、より、いい男になるんだよ〜























posted by terra at 01:19| 岡山 ☔| 女と男について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

がんばらなくてもいいんだよ

うちにはいろいろな人が
訪れては話して行くんだけど

女友達と話してて
いちばん口からでちゃう言葉が

「がんばらなくていいんだよ」なんだよね。

がんばりすぎなんだよ。
特に女の人。




結婚する前には
楽しそうに生きていた女の人たちが

結婚してこどもができると
とたんにむちゃくちゃがんばり出して
旦那の顔色ばっかり見だしたりする。

自分がそういうのが好きで
自然と体が動いてやっちゃうならいいんだけど
実はけっこう無理してるなーとおもう。



わたしは自分が気がつかないうちに
そうなってたから
あとから考えて
わかるだけなんだけど。







わたしたちの世代(今の40代)の女子たちは
男女雇用機会均等法なんかできちゃって

社会では女子は男子と同じように
はたらくのがヨシとなってたよね。

大学卒業して主婦になる選択なんて
わたしたちの周りにはとりあえず無かった。


今思えば実に
都合のよい労働力にされてたんだけどね。

男とおなじように働けーって、言ったり
人口へってるから子供産めーって言ったり

どーせいっちゅうんじゃい・・・




男より体力ない上に
男にない生理があるのに
それで男と同じように働くって・・・

でも、そもそも男がつくった会社で
男の働き方で、働いてたなぁ。

わたしはともかく
同僚の女子たちは
よーく働いてたよ
文句も言わずっていうのじゃないけどね
結婚してからの旦那の愚痴とおなじように
仕事や上司の愚痴をガソリンにして
よく働いてた。





でも、そこに生活なんて、ないよねー








わたしは昔から
女子会とか、ママ友とか、
言葉自体があまり好きじゃないんですよ。

ずっと共学好きっていうか
男女も年齢もぜんぶ入り混じった
ばらばらが好き。
カオス好き。

男子ばっかり群れてるの見ても
軍隊みたいに見えるし
そうじゃなきゃ
猿山みたいに見えるし

女子ばっかりっていうのも
やっぱりなんだか不自然に
見えちゃうんだよね。







白洲正子さんがエッセイで

奥さんたちは
女同士でたくさん話をしあって
旦那の愚痴を言い合って
相談しあって
「がんばってるよね〜」
「あなたもがんばってるよ〜」って
言い合って機嫌なおして
旦那と子供のご飯つくりに家に帰るのだ
それでうまくやっているのだ

というようなことを書いていらっしゃったけど


女の人ってほんとにこういうのが
日常的なセラピーになってる人が多いんですよ。
それで、なんとかやっていけてるの。




ところが、わたしは女の友達に
相談なんかできないわけだ。
そんなことを相談できる人がいなかった。

(ひとり、いました。ショータの母上!)


わたしの一番の友達は
昔から常に
相方のショータだったんだから。

仲が悪くなっても
それ以上の人は
いないわけですよ。

だから仲悪くなった時は
辛かったのです。
仲悪くなったって言っても
わたしが勝手に好きじゃなくなっただけで
相手はぜんぜん変わらないわけだ。

よく言われるように
こっちは出産して
ホルモンがどばーっとでてて
あっという間に違う人になってるのに
旦那が変わらないから
ダメになってるだけで、
最初っからダメなら結婚なんかしないしね。

旦那(好きな人)の愚痴なんか
人に言いたくないわけ。

話を聞かせるなら
まず、相方しかいないわけです。
仲悪くなっても
もっとも仲が良い人なんですよ。



うちの場合
サドンデスの話し合い
(大げんか)しか、方法がなかった。

結果、良かったけどね。

いちばん近道だったとおもう。



女友達と愚痴を言い合う女の人は

旦那と別れたいという気持ちが固まっている人以外は

ほんとうは旦那さんと仲良くしたいというのが

望みでしょ?ちがうのかな?

それなら別れたらいいとおもう。




仲良くしたかったら、自分の労力を

女友達との愚痴の言い合いにつかうより

旦那に直接向けるのがいいとおもう。

時間にも体力にも限りがあるからね。



女同士で話しあっても

そんなのぜんぜん解決しないよね。

人間関係は

技術じゃなくて

どれだけ「自分」がほんとうに

おもっていることを相手に伝えるかじゃない。


わたしの場合

わたしと相方とは

おんなじ学校を出て

上も下もないフラットな関係をつくっていたのに

どうして子供が生まれたとたんに

わたしばっかりじっとしていないといけないのだ〜という

わたしの中の憤りを

そのままの形でそっくりぶつけました。

超直球で。






今のわたしは

そんな大げんか

=ただのわたしの暴言吐きの時間、

を経て

自分の嫌いなことはしなくなったのだ。

家事だってしたくなきゃしない。

家事にやりがいを求めない。

もともと、そういう人じゃないのだ。


「婦人の友」とか足でけとばす人なんだ。




わたしの中の理想的な母親だったり

理想的な家の中の状況だったり

そういうことを、求めていた

脳の中の意識を

ちょっと変えた。

変えたというより

元に戻した





好きなことは時間も効率も関係なくやる。

それだけが自分へのセラピーになる。

わからなくなってるんだ

自分の好きなことが。








結局、家事自体が嫌いなわけじゃ無かった。

家事は、家事だとおもうから嫌なんだ。
嫌なのは
自分の偏見からくるものなのだ。

女がやらんといかんという
決まり切ったかんじがほんとに嫌だった。



遊びだ、遊び。全部あそび。

靴下の繕いにはまって
そればっかりやってたこともあるし

山菜採りに行って
それを食べることばかりやってたこともある。

天気がよくて
洗濯したい日は
洗濯ばっかりしてるし

40代になってから
庭をいじるのが好きになってきたし


とにかく、わたしは
自分の子供が好き。

世界中の人がそうだとおもってるけど
づくづく自分の子供ほど
見ていて面白いものはないね〜とおもってる。

だから、ソラともモモとも
たっぷり時間を一緒に過ごしたいし
その間は家事だって仕事だって
ほったらかしたい。


なんだかね〜
自分の意識が中途半端な時は

うちに来る人に
素敵なおうちだね〜とか
そういうことを言われると

それさえプレッシャーに感じていたこともある。
お客さん来るなら
掃除して、料理して、お菓子つくんなきゃいかん
・・・ような圧迫感を勝手に感じていたこともある。




今は、うちは人が来るって言って来ても

掃除とかわざわざしない。

とっちらかってる時もあるし

たまたま掃除の後できれいになってる時もある。

ケーキ焼いたばっかりだったり

意味なくご馳走だったりするときもあれば

なにもない上に

わたしは生理痛で寝てる時もある。




商売もしてるし来客が多いから

それに合わせて暮らしてたら

自分が大変になる。



今はうちの家族が

いろんな状態で暮らしているところに

人がたまたま来るわけだ。






自分たちの周りの友人たちは

まー、すごいがんばってる人が多いんだよね。



今どき、子沢山も多い。

畑やったり田んぼやったり、

保存食いっぱいつくったり。

そしたら旦那さんも忙しいけど

奥さんたちはもう、毎日座る暇もないほど

働く人が多いのだ。


わたしが

「わたしはほんと
 悪妻だよ〜。なにもしないし〜」

とか言うと

みんな良い人だから

「そんなことないよ〜
 たくさんお菓子つくったりして
 働いてるじゃ〜ん!」

言ってくれたりするんだけど
べつに慰めてほしいわけじゃなくて

ほんとはみんな「悪妻」になったら

楽なのに〜っておもってただけなのね。


今は、そんな自分のことを
悪妻だとはおもってないよ。

どっちかというと楽妻だよね。



そしたら
相方にも子供にも
機嫌のいい時が多くなって
よかったなぁという話です。




いい妻とかいい母とかじゃなくて
機嫌のいい人、を念頭において
自分をいたわってあげたらいいんじゃないかな〜

と、昔の自分に言ってあげたいわ。







IMG_7557.JPG










赤ちゃんみたいに生きれたらいいんだよなぁと
いつも思う














posted by terra at 16:29| 岡山 ☁| 女と男について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする