2016年03月16日

結局 田舎は美味しい

先日3月11日で

東日本大震災と

福島原発の爆発、から5年。



多分にもれず

うちの場合もほんとうに激動の5年だった。






ただ、わたしたちの場合は

同じ場所にずっと住み続けての5年だったから

避難、移住、引越しをやむなくされた友人知人の激動とは

また違うことをかんじていたとおもう。





今日は、そんなことを書いてみたい。





この5年

おなじ場所でずっと状況の変化を見ていた。







ここ岡山はこの5年間で体感できた地震が

わたしの場合2回くらい。

それも一瞬揺れただけだった。

日本の中でも相当に揺れないところなのは間違いない。





わたしは7歳までは山口県に住み

それから引越しして15歳まで

千葉県に住んでいたので

関東がいかに毎月のように揺れるか

身体で覚えている。



大人は怖かっただろうが

子供のころは地震などたいして怖くなかった。






ピンポン玉くらいの

雹(ひょう)がやまほど降ってきたこともあったし

関東平野の気象は

中国地方とはずいぶんちがう。







中国地方はまあ、のどかなのだ。

天災も少ない。

海も瀬戸内海だから

波が立たない。







わたしの母は

学生のころ2年くらい東京に住んだだけで

あとはずっと山口に住んでいて



いきなり荒涼とした関東平野の田舎の社宅に

転勤になったので



「中国地方のまあるい山がない」

「地平線に太陽が沈んでいく」

「海が遠い」(広い県だから)



とかそういう風景の違いに

よく、鬱になっていた。

今でも夕方対太陽の沈む時間には寂しくなるらしい。













3.11前のこの場所は

田畑が広がる静かなところだった。

わたしたちは単に焼物がやりたくて

その環境を手にいれるために20代の後半で

住み始めた土地。

田舎暮らしに対して

まったく期待していなかった。


畑をやりたいとか

田んぼをやりたいとか

そういう夢は、おいといて

とにかく修行を無事に終えて

土地を見つけて、窯をつくって

独立するのだ・・・ということにしか

フォーカスがあたっていないので

そんなところが見えてないんですよね。





どっちかっていうと

田舎は、「こわいところだ〜」

と、おもっていた。



都会にいる間に

人の話で聞く、「田舎」のイメージは



・自由にできない

・仕事が少ない

・なかなか友達ができない

・不便

・遊ぶ場所がない





とか、まぁ、そんなひどいものだったのです。

これじゃ、ぜんぜん良いところないですね。

こんな風に想像してたのに

よく引っ越してきたものです。






それなのに


初めて住む、本物の田舎は


・人が親切、

・食物が豊か、美味しい!もらえる!採れる!

・遊ぶところがたくさんある(いつもすいてる)

・仕事をそんなにたくさんしなくても生きていける

・家賃がすごい安い(うちは家建てましたが)

・仲間までいる













地元の人たちは

想像していたよりも

ずっと親切で

その親切心を

ものをくれるという行為で

気前よく表してくれるのです。



・自分の田んぼでつくったお米をくれる人、

・無農薬の野菜を毎週のように持ってきてくれる人、

・海でとれたばかりのワカメを手に掲げ持ってきてくれる人、

・とったばかりのタコやアラメという美味しい貝をくれる人、

・庭のお花を切ってプレゼントしてくれる人、

・通りかかっただけなのにキャベツをくれる人(しかも二玉 バギーに入れて帰った)

・なにかのお礼に立派な自家製ブドウをくれる人、

・朝取りのトウモロコシを山ほど届けてくれる人、

・イノシシやシカの肉をくれる猟をする人、、、


しかも、どれもこれも 絶品なのです・・・






わたし、20年前ですが

銀座の夜の蝶だった時代があります。

蝶といっても

場末というとママさんに悪いが

銀座の端っこ〜の方にある

ママさんの弾くピアノがウリの

しごく可愛らしいお店です。


ママさんはパトロン無しで

しっかり自分で経営されてました。

すごいことだとおもいます。




品の良いお店でした。




その時期は他の女の子たちも

良いひとばかりで

(口コミで美大系の面白い子ばかり集まったので)

わたしはあの時期ほんとに

好きなお酒を飲んで

美味しいものを食べて、

楽に稼がせてもらいました。

(それはのちに罪悪感というどうしようもない感情を
  
 生んだりもしたのですが)

まぁ、ひとつの天職だったのだとおもいます。



なにが言いたかったのかというと

わたしは、都会に生活していた時も

美味しいものを食べていたっていうことです。

特に、ジャンクなもので食いつないだっていう武勇伝は

ないんですよね。

オーガニックなものに目覚めたりもしていなかったのですが


今でも銀座という街にいいイメージをもっているのは

「美味しいものを食べさせてもらった街」だからかもしれません。


でもね、

おじさま達は皆素敵な方なのですが

わたしは証太と学生のころから

一緒になって同居していたので

付き合うわけにはいかないのです。

(いや〜 おぼこいですね)

あの手この手で誘ってくるのを

カニを食べたり 寿司を食べたり

お肉を食べたり、

シャンパンを飲んだりしながら

かわす、かわしながら、食べる。




って、なんか後から

「食べた気がせん」


という気分になることも多々あったり。












しかしながら、田舎の紳士たちは


かろうじて、お茶は飲んでいくけれど

ご飯に誘ってみても


「いや、用事の途中なので」

「孫と一緒に食べないといけないから」


とか言ってのってはこない。



とにかく、くれるだけ。








おもいました



なにこの親切なひとたちは!
  (街だったらありえない!)



自然がおおらかだから人もそうなの?
  (散歩して山菜とってもだれもお金払えって言わない・・・)







田舎の愛すべきおじちゃんたちを

銀座の紳士たちとくらべよう、というのではなくて

(そんなことしたら、双方に対してしつれいっすよね)



要するに

都会の美味をたらふくいただいた自分でも

田舎の食生活を前に降伏です。

緊張しながら都会で食べる美食よりも

田舎で緩んで食べる新鮮な美味は

もー、感謝、感謝のこころが湧いてきます。

それも毎年感謝してしまう。

良いひとになれてしまいそう。





だからね、都会でがんばって

オーガニックの食材買ったりしている

食に関しての意識が高い方々〜




ただ、田舎へ引っ越すだけで

がんばらなくても、オーガニックな生活できますよん。

と、伝えたい。











・・・あれ、

最初に書こうとおもった

3.11からの5年の間のこと

って、ただ 『田舎は美味しい』

という話になっていました。













今日はこんなところで。











また続きそうなら続けます。





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posted by terra at 01:06| 岡山 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

不登校ではなくてhomeeducationだとおもう

長女 空(ソラ) のはなし。

今9歳で、学校には行かず

homeeducation(家庭学習)を選択しています。





ソラは

小学校を入学式から1週間くらいだけ通学して、

放課後に行ったり

先生が宿題だけ持ってきてくれたり

遠足の日だけ行ったり

図書室の日だけ行ったり


いろいろしたあげく

ふつうに行くのはやめました。



行ってない状態がいつもの状態です。

子供が行きたいといい出さないかぎり

わたしたちから子供に学校へ行けということはありません。




わたしは、6歳の彼女の選択と判断を

尊重して、受け入れました。



子供が学校へ行かないと言ったので

条件なしで、家にいるのを認めました。



小学校の先生が、はじめのうちは

「学校へ来させるようにお母さんから言ってほしい」

と、言って来ていたのですが

わたしは、自分がおもうことは

言えるけど、おもわないことは言えない。と、言いました。




わたしにとって大事なのは

子供が「学校」へ行くことではなくて

自分が楽しいとおもえる好きなところで

好きなことをやって

満足した瞬間をたくさんもってくれること。






学校へ行かない選択をしたあと、しばらくの間

毎日学校に朝欠席の電話をソラが入れていたのですが

ある朝、


わたしは自分が電話をするのが嫌で

ソラにやらせてたんだ。

ソラにひどい強制を強いているんだなと。

ということに はっっと気がついてしまいました。


わたしは母さん顏して、「自分でしなさい」っていっていたけど

これは、わたしがなんとかしてやれることだ。

これをなんとかしないと

せっかくの家庭学習がただの不登校になってしまう・・・



「ソラの意思を尊重する。好きなようにしてください」

と言っていたのに、なんと中途半端だったことか。

先生の立場なんか気をつかったふりをしてみちゃったりして

まったく意味がないことをしていました。



先生だって、ちょっと仕事した気になってしまいますよね。

なにもしてないのに。



たいへんなのは6歳のソラだけ。






わたしがソラに謝って

もう電話も一切しなくていいことにしました。



学校とか役場という公的なところは

立場が大事な人たちが皆働かれているので

こちらが決定したことを

伝えるだけだったら、だいたい通ります。

お伺いをたてると、通りません。


すべては思い通りにできるのです。

しようとさえおもえば。




ソラは朝電話を入れなくて良くなった日から

ほんとうに家にいるのが楽しくなりました。


その日「もう電話しなくていい。家でなにしててもいい」

と言ったら、今まで家にあっても着なかった制服を

いきなり着てみて、


「制服だけは憧れてたんだけど、

 制服着たら学校に行けって言われそうで着れなかった」


なんていう健気なことを言うわけです。



それで、その日午前中は制服を着て遊んで、

それからもう二度と着てないです。

着てみたら大したことないし

遊びにくいしってかんじで。





わたしはとにかく

人に無理やり何かをさせるのは

ほんとに嫌なのです。


逆に、好きなことしている人は

そばで見ていたいと

心からおもいます。

うちの相方も

19歳のころから

わたしにずーっと見られてます。

どんどんいい男になっていくので

たのしいです。






ソラは、小学校にはいる前、

隣の敷地にある幼稚園のころから

「小学校はいくかどうかわからない」

と言っていたので



小学校の校長先生や担任の先生に

入学前からそう伝えていました。



わたしは

常に、ソラの代弁者になる、つもり。

社会とか学校とか、そういう、人じゃないもの、じゃなくて

生身のソラの、最も近くにいる人としての

役割をまっとうしたいのです。





まだ6歳だったソラは



「どうして学校に来たくないのか言葉で説明してみて」

と言われてもまだ思考を言葉に変換できない。





母さんであるわたしには

ソラの感情は

感情のまま分かったから

(なぜならまだ繋がっているからね。子供と母さんは)

「理由はまだ言えないけど、嫌なんだな」

というそれだけで十分だった。

たぶん、これはわたしが気付いてやれなかったら

そして、わたしがそれを自分のこととして

表現しなかったら、誰も代弁してやれない。




そうできなかったら、

ソラが20歳になった時に、きっと

「あの時、わたしには母さんしかいなかったのに

 どうして助けてくれなかったの!?」

って言われる。

わかってる。










大人になったって

「どうして会社に来たくないのか言葉で説明してみて」って

言われたら、「ちょっと家で考えて来ます」って

言いたくならないかな。



大人になってからじゃ

一緒に会社に行きたくないから

今、今のソラをわたしは大事にしたいよ。







大人の仕事だって、そんなに嫌になったら

職場を変えるしかない。



嫌っていうのは

理由があっていやなんじゃなくて

嫌だから嫌なんだ。

理由はそのあとについてくるのだ。

はっきりいって理由なんかなくていいのだ。


だって、自分の人生じゃないの。

みんな自分の人生じゃないの。



嫌だって言ってるのに

やらせる理由がこっちにない。









大人と同じ回路で話をしないからといって

子供の話がつまらないかというと

そんなことはまったくなくて

ソラと話すのは小さなころからとても楽しい。


子供は小さな哲学者で詩人で画家で音楽家

子供と遊びながら

少しずつ子供が獲得している言葉に

こちらがさまざまなことを教わっている。





たくさんのことを教えてくれても

この大人がつくっている社会に対しては

子供たちが初心者。



でも、今までの大人がつくってきた

ふつうの社会が、そのままでいいって

ほんとうにおもえる?


社会とか親の制約の中で

いい子にしていたとおもったら

結局自分がなにを感じて考えていたのかわからなくなっている

大人がたくさんいる。







子供は誰も

自分がなにを感じてるかわかんないなんて

言わない。


嫌なものは嫌だっていうし

好きなものにはいつだって夢中だ。


世の中のたくさんの大人ができないことを

みんな軽々とやっている。


子供のころはみんなこんなにたくさんのことが

できたのにね。




いつのまに大人になって

いつのまに自分の嫌なことを嫌だって言えなくなるんだろう。




全てを持って生まれてきたこの人たちが

ほんとうにもって生まれた才能を

ゆったりと伸ばして

そのままの形で

皆が得意なことをやって

皆が幸せで皆が楽しく

生きて行けたらいいんじゃないのかな。






学校とか、会社とかは

必ずしも人生に必要なものじゃないんだよね。

あたりまえなんだけどね。














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posted by terra at 14:39| 岡山 ☁| こどもと暮らす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする