2017年04月20日

牛窓クラフト散歩 おわって


牛窓クラフト散歩 にいらしたたくさんのお客さま。

各地から牛窓に旅して来てくれた作家の方々。

クラフト散歩の発案者でアートディレクターの木工作家 山本美文さん .

主催の カフェドグラス の末藤さん.

クラフト散歩の実行委員の方々、ボランティアの方々、

みなさんのおかげで、2年前に引き続き

素晴らしい2日間を過ごすことができて感謝しています。

ほんとうに、どうもありがとうございました。


✳︎


わたしたちは地元に住んでいますので

クラフト散歩の開催地でお店と工房を開いている 匙屋 さんに次いで

2番目に近場からの出店者です。



牛窓は、穏やかな海が広がる景色と

緩やかな山の風景、どちらもが楽しめる

健やかな田舎です。


交通の便利が良くないので

ドライブならともかく

普段は街からお散歩しに来るには難しい方も多いかもしれません。




✳︎




わたしたちが出店していたのは

塩町唐琴通り、という昔栄えていた旧商店街。


今では、空き店舗や空き家が多くなっているところです。




ここに、たくさんの作家さんが出店したところは

テントを張るタイプのクラフトフェアとはまた、違う風景が広がります。




まるで、こんな商店街がふと現れたように意図して錯覚すると

それはとても幸せな光景でした。



✳︎




うちはわたしと、証太、それから10歳の姉と、

2歳11ヶ月の「可愛い爆弾(最近の渾名)」

とともに出店でした。



大人は二人なので、

交代でお店をまわれるとおもっていたのですが

今回は子どもについて外からウインドウショッピング、

になってしまいました。

(よって、写真もほとんどないのです)



子連れの方々は多かったですが

見るものが壊れ物であるので

気も使うし、大変だろうなとおもいます。

でも、ちょうど、子どもが小さい世代の方々が

良いものを求めて来たいような心憎いイベントなんですよね。



商店街を使ったフェアの底力が出たのが

一日目の豪雨の際。




屋外テント型のクラフトフェアは、雨に降られると大変です。

雨が降るだけならまだ良いのですが、たいていは風と一緒に来るので。

出店者もお客さんも必死でテントの足を押さえたり作品を雨から守ったり。

飛んでしまいそうな他のテントも加勢しにいかねばならぬし。



うちは焼物、風はともかく雨はだいじょうぶなので

こういう時は手が空いたら、衣系の方や紙、革、金属の出店者を助けに行きます。



しかし、今回は屋内なので

皆、慌てることも騒ぐこともなく

雨雲が行ってしまうのを待ちました。



あとから、海のそばに住んでいる友人が

この日は海が見たことがないくらい沖まで引いていて

「なにが起こるんだろう?」とちょっと怖かったと言っていました。

(見たこともないくらい、とは言ってもこの友人は最近海のそばに住み始めたばかりなのですが)




この日の雷雨は一部で雹まで降ったらしいですが

要は「春雷」で、この日から本格的な春になる

分け目の日だったようです。




こんな形のクラフトフェアのようなお祭りが

全国に広がると、面白いですよね。


町おこし、も兼ねているわけです。


実際にお店が開いているところを見ると

商店街も喜んでいるなぁとおもいました。



✳︎



(ゆ)
























posted by terra at 17:44| 岡山 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

第3回牛窓クラフト散歩 



昨日からすごく氣持ちのいい日が続いています。

晩春と、初夏を一緒にたのしめるこの時季

二年に一度のお祭りの日です。

本日から二日間

「牛窓クラフト散歩」が開催されます。




➡︎第3回牛窓クラフト散歩




寺園家も参加します。








✳︎




クラフト作家の方たちは
どなたも
独特の雰囲氣をまとっています。

おしゃれなひとが多いのですが
それだけではなくて
個性があるような氣がする。


「つくる」ということを毎日やっていると
結局のところ
「自分とは何か」ということを考えるところに
たどり着いてしまうのだろう。


うちは、今の人生は道半ばというか
生まれる前から予定していたことを
まだ果たしていないなぁと、とくに最近
おもいます。


社会全体の中からみると
ほんとうにわずかしかいないとおもう
「つくる人」たちと
この時季にまた出会えて
話ができるのもとても楽しみです。


ぜひ
牛窓にいる全国から来た
たくさんの作家たちとお話ししに
散歩にお越しください。


うちは今回はほんとに近いところの出店で
ゆっくりと楽しんでいます。


ほんとにいい日になりそうです。





(ゆ)
posted by terra at 08:38| 岡山 ☁| 展示会のお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

情報のいれ方、うちの場合



今では個人でブログを複数持つことも
それに加えてFacebook、Instagram、Twitter、のような
ソーシャルネットワークのサービスを使うことも
まったく珍しいことではなくなりました。


わたしたちの家では随分昔から
テレビは無く、新聞もとっておらず、
情報というのは、今ではこういったSNSや
昔ながらの「口コミ」で主に仕入れています。

それから、様々なブログ、web記事、紙の雑誌、本。


情報を得るのに
これで困ることは特に無いのです。


自分たちにとって必要なことが、
テレビや新聞じゃないと手に入らないというのは
ある時代につくられた幻想です。

(わたしたちにとって必要な情報って、なんなんでしょうね?
 また今度、考えてみます)


周辺のコミュニティーでは
同じような人は多いので
違和感も疎外感も感じたことはありません。


テレビはもうたぶん一生持たないし
新聞を取ることもこれから先も無いでしょう。


テレビって、年代が上の方になると
家電というよりも
寂しい時にずっと喋ってくれる
家族みたいにおもっている方もいるので


見ても見なくてもつけっぱなし、
というお家もまだけっこうあるみたいですね。


わたしのおばあちゃんは生前、
部屋で「水戸黄門」とか「暴れん坊将軍」などを
見ながら、せっせとゲルマニウム美容ローラーを
手や顔にかけていました。
(余談だけど、おかげでずいぶん綺麗になっていた)


テレビが無いことに
びっくりする方も
まだ、いらっしゃるのだけど


テレビという一方通行のメディアは
こちらからのメッセージをあちらには届けられなくて
見ていてストレスがうまれることも多いんですよね。



うちの場合、映画など観るのは好きなので
映像作品を見たい時は
たまに、夜プロジェクターをスクリーンに映して
大きな画面で見ています。

10歳の上の子どもは大画面でトムとジェリーとか
ジブリの映画なんかを選んで見ています。




よく考えたら今は
YouTubeでもInstagramでも
映像を見たいだけ見たい時に
見れてしまう。


時間と空間を限定せねばならず
再度見たいとおもっても
すぐには見られないテレビの
視聴方法は、やはり自然に考えたら
おいおい廃れていくのではないかな。



「テレビもいい番組あるよ」というのも
昔、よく言われたのですが
そりゃあ、たくさんの優秀な人たちが
一生懸命、番組を次々につくっているんですもの
面白くも無いものばかりだったら困ります。


つくる作品を、配信する方法が
これしかないっていうのは
どうなんだろ?というだけの話です。




そういう コンテンツ、っていうんですかね
ひとつひとつの映像作品を
やはり、それぞれお金を払うなり会員になるなりして
意識的に買うようにしたら良いとおもうんですよね、やはり。


コマーシャル、じゃまになりませんか?民放観る時。
ただほど高いものは無い、というのは
このことだとおもいます。






✳︎




とはいえ、うちは焼物を生業にしているので
古新聞とは仲良しです。


焼物を壊れないようにざっくりと包むには
これ以上便利なものは今のところ見当たりません。


大量に焼物を包む時など古新聞に
書いてある記事を読みながら作業することがあります。


引っ越しの梱包作業の時などに
つい手を止めて読み始めてしまうことなど
ありませんか?




その新聞が 読 売 新 聞 だったりすると

はっと手を止めて

「なんだこれはどこの国の話だ?」


と、半笑いです。



鬱氣質の人は、読売新聞を読ま無い方がいいな〜 
とおもいました。




どこかの国が攻め込んでくるぞ
国にはお金がからっけつで
借金まであって
これからもっともっと苦しいおもいをしないと
国民は生きていけない
自己責任でお金をためないと
老後は何千万円も医療費がかかる


拾い読みしたらこんなかんじですね。






同じような情報を得るのだって
愛ある人が書いた記事で読むのと

「戦争の親玉」(by ボブ・ディラン)
が情報操作を仕掛けて書いたものを読むのとでは

ずいぶん受け取る側のテンションが変わります。




わたしの母親(60代後半)は
テレビが家にある間じゅう
様々な情報にたいして鬱になっていましたが

地デジの際に思い切ってテレビを捨ててから
「なんだったんだろう、あの思い悩みは?」
と、吹っ切れて、
今では子どもとのメールが楽しみ。

Twitterで情報を得たり、発信したり
なかなかのコンピューターおばあちゃんぶりです。



わたしなぞ、つくづく散文的な人間なんだとおもいますが、
書き始めるとすぐに文章が長くなるので
Twitterはやったことが無い。



ようするに、
今は新聞とテレビだけが媒体じゃないんだから
情報を得る媒体を意識的に
自分に合ったものにしたらいいんじゃないか
ということにつきるのかな。







(ゆ)







posted by terra at 10:29| 岡山 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

CoMA COFFEE(コマコーヒー・岡山市)


カフェは何かとご縁があります。

CoMA COFFEE (コマコーヒー) は
岡山のお城の方面にある
コーヒーと本とお菓子のお店だそうです。

だ、そうです というのは
わたしたちが実はまだ行けていないからなんです。



行ってからこの記事を書こうとおもっていたのですが
なかなか行く機会が無いので
先にご紹介だけさせてください。

お皿やカップなどを
セレクトで置いてもらっています!



コマさん、そのうち行きますね〜


我々の年に何度もない
岡山の街への外出の時に!




「息抜き」しないんですかって、
今日も友人に言われたのですが
(友人も焼物やさんなんで)

ストレス解消、としての息抜きはずっとしていないのです。

我々が旅にでたり外に出たりするのは
だいたい仕事がらみ。


仕事、遊び、子育て、勉強、ひっくるめた「暮らし」


ぜんぶが混ざり合いながら巡っているのが
今のわたしたちの生活なのです。

こんなふうな生活は、あとどのくらいつづくのかな。

子どもたち、とくに今は、二女モモの存在が
40歳を過ぎたわたしたちの人生を
引っ張って行ってますね。

小さい体で大きな存在です。子どもって。








⇩コマコーヒー⇩



お店の入り口が裏から入るようになってて
わかりにくいみたい。

サイトに「入り方動画」が載っています。











posted by terra at 01:45| 岡山 ☔| 焼物を置いているお店のご紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

LABORATORIO ラボラトリオ (長野 松本)


証太の焼物を置いていただいているお店のご紹介です。


長野県 松本 で

シェーカーボックスや家具などを作る
木工作家の井藤昌志さんと

相方の まきこ さん が主催されている
LABORATORIO (ラボラトリオ)

(お二人はアフリカのケニアで出会われたそうです!)


2016-10-6<br />松本ラボラトリオ着<br />昔は薬局だったらしい<br />素敵な建物.<br />.<br />#ラボラトリオ<br />#松本<br />#岡山展<br />.<br />仮眠とりながら10時間かけて到着.<br />白糸の湯に入泉.<br />温泉饅頭.<br />開田の田舎蕎麦.<br />子ども達はラボラトリオのカフェで<br />スープとイングリッシュマフィンサンド<br />夜、井藤さん達と居酒屋ごはん.



⇩⇩ラボラトリオHP⇩⇩



昔の薬局だったおもむきのある建物を使った
カフェ&雑貨&ギャラリーです。


1階は、井藤さんのシェーカーボックスのお店
2階に、カフェと雑貨
隣のビルに、ギャラリー 

があります。

2016年の夏にはギャラリーで
「岡山展」が開催され
備前焼を出品させてもらいました。


常設の雑貨のコーナーにも
備前焼プレートを置いてくださっています。

松本、ラボラトリオへお出かけの際は
お手にとって見てやってくださいね。


.<br />「岡山展」はラボラトリオ隣のビルの<br />faber にて24日まで開催中です。<br />.<br />素敵なところです。<br />.<br />初日と次の日はすごーく久しぶりに<br />お会いできた方がいてとても嬉しかったです。<br />.<br />#松本<br />#ラボラトリオ<br />#岡山展


⇧昨年の岡山展のようす







2016-10-8<br />父さんが隣のビルで<br />しごとをしている間は<br />ゆっくりカフェごはん。<br />.<br />同じカフェに2日連続なんて<br />松本住人気分。 .<br />ソラがここのベジスープを<br />すごぉく美味しいって<br />気にいる。<br />成井恒雄さんの腕で<br />ますます美味しい。<br />.<br />#ラボラトリオ<br />#成井恒雄<br />#soraの生活<br />#homeeducator






2016-10-8<br />モモはなんでもよく食べる。<br />.<br />先にハムとかベーコンを食べちゃうんだけど、パンと一緒に食べたら美味しいと分かるのはいつかな〜☺︎<br />.<br />後ろに見えるのが、井藤さん作の<br />軽くて折り畳みできるかっこいいテーブル。<br />ほしい。<br /><br />#momoの生活<br />#ラボラトリオ
⇧カフェ 
この時はお豆のスープに
手作りのイングリッシュマフィンのセット。

器が贅沢です。


空と百の好物になり
連日通ってお昼をいただきました。












posted by terra at 10:17| 岡山 🌁| 焼物を置いているお店のご紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月07日

主婦のしごと






モモが生まれてもうすぐ3年。




産後2〜3ヶ月は私はモモとずーっと寝ていた。
脳がぱかーんと開いて
幸せだった〜



産後このくらいは寝ていられる
という準備をしないと
わたしは出産に臨めない。


だからうちは子どもが
間をあけて二人でぎりぎりだったなぁとおもう。


証太にそうそう仕事を休んでもらうわけにもいかない。



わたしが自分の世話をしてもらいたいのは
証太しかいないのです。


うちの母や、証太の母も
ありがたいことに
手伝いに来てくれようとするけれど


他の人ではだめなのです。



わがままだろうが
ただのわたしの本音です。




産前のわたしは、
あまりいろんなことにあまりこだわりのない人だと
自分でおもっていた。

「こうじゃなきゃならない」ということがあまり無い。



ところが、いざ妊娠して
出産の準備に一からあたってみると



こだわりが噴出。



まず、病院で検診に行ってみる
そうすると
病院で産みたく無い。と、かんじる。



助産院も調べたが
助産院でも産みたく無い。と、かんじる。







ソラの時は
今住んでいる家を証太はつくっている最中だったので




わたしの実家の
父と母を説得して
実家出産をさせてもらった。

あの時の父と母は偉かったね。

説得に応じたのだ。

最初は「自宅出産大反対」だったけれど

良い助産師さんに出会えて
実際の「自宅出産」を目前でやってみせたら


産後は「自宅出産大賛成」の人たちになっていた。





でもって、わたしは
自宅出産ならぬ
実家出産を体験して

満足。






助産師さんはとても
良い人だった。








しかし、
二人目になると





やはり助産師さんもいない方が
いいなぁ・・・


家族だけで産んだら
もっとリラックスできるし
氣を使わずに済むなぁ・・・・







という気持ちに
あらがえず



モモの時には
家族だけの出産にしてもらいました。








そしたらやっぱり
とても良かった。

大満足。



もう、まったく完璧でした。

こんなにうまくいった仕事も
体験したことが無い。









おもうに、
出産っていうのは
セックスの成就したものですよね。



セックスというのは
そんなに公的にはあまりしないですよね。



究極的に
個人的に、個人と個人が二人で成すんですよね。

だったら、出産も二人で、が自然なんじゃないの?
と、おもったかな。







そこを頭で考えたわけではないのですが
出産の前なんか、わたしは
ほとんど動物です。









モモが生まれてくる前、
証太は家事を全部やっても、
それに加えて
仕事もできると思っていたんだよね。



だから窯焚きの予定も立てていた。
(できなかった ←あたりまえ)


彼のつくるご飯はいつもほんとうに美味しくて
わたしは尊敬している。

冷凍食品とか使わないよ。
お惣菜買ってきたりもしないよ。

冷蔵庫と野菜箱を見て、
いちからつくるご飯ができる男の人。




でも、そんなご飯って時間かかるよね。

3食ご飯をつくって
掃除して洗濯して子どもを見てたら


焼物の仕事なんかできるか???
(そんな仕事じゃないだろう 笑)







結局

モモが生まれた年は
窯焚きができず。


窯焚きは、出産くらいの仕事だなということが
よくわかったのでした。


(毎年、出産してるんだなぁ〜✨)






証太はそれ以来
主婦を尊敬するって、言ってます。


経験してもらえて、よかったよ。



「俺だって主婦くらい、やればできるよ」
と、おもっている男たちは
急にやってもまずできないですよ。


経験できる時があったらいいんだけどね。








posted by terra at 12:48| 岡山 ☁| 主婦のしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

お風呂


今朝はやたらに早く目が覚めたので

起きて、まだ真っ暗な中
お風呂に入りました。


うちのお風呂は180リットルも入れるとたっぷりになる
小さなバスタブです。

家をつくる時に
お風呂も証太が、佐々木剛くんの手を借りて作りました。


最初は、重たそうな古い猫足のバスタブをネットで発見して
「これがかわいい」とかおもっていたのですが...

お風呂を作っている時
近所に住む備前焼作家の先輩 近藤正彦さんに

「追い炊きできないと、絶対に後で後悔する」

と、力一杯アドバイスされて

なんだか納得。




小さなバスタブにしたのは

これは違う友人の家に遊びに行ったら

「大きなバスタブのお風呂を持て余してシャワーばっかりつかっちゃう」

というかんじだったので



一日に何度も気軽に入れるように
小さめにしたのです。


今では


小さくてもいいから
深いバスタブで
首までお湯に浸かりたい派、です。


真っ暗な中
温かいお湯の中につかって深呼吸していると

覚えてないけれど

「子宮の中」は

こんなかんじかな〜?


なんて、おもえてきます。




小さめのバスタブで困るのは
家族全員では入れないことですかね。


ま、そのくらいなら
たまに温泉の家族湯でも入ればいいかな。



小さいお風呂で
「追い炊き」できる、とか
お皿洗う時にお湯がでるとか

そういうことに毎日
わりと新鮮に贅沢をかんじます。












posted by terra at 07:37| 岡山 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

坂爪さん はるちゃん 桐島洋子さん



坂爪圭吾さんという若者がいます。

彼は影響力の大きいブロガーで
一方、身ひとつで家の無い生活をしています。

書いていることが
いつもほんとに新鮮。

それはナゼかというと、
生き方で見せてくれるからですね。


わたしは子どものころから
読書家、というのではない
どちらかというと
活字中毒、という癖があって

おもしろかろうが
おもしろくなかろうが
字を読んでいるのが好きで
本や雑誌が手元から放せないのですが

ここ最近は
紙の本よりも
webでブログを読むのが好きになって、
けっこう何年も続けて読んでいる人が
何人もいます。


有名なブログなので
ご存知の方は多いと思いますが
未読な方はぜひ
読んでみてください・・・




いわゆる「有名人のブログ」ではなくて
「web中でしか見たことの無い人」
のブログばかりが

なんでこんなに
面白いのだろうか・・・と
不思議におもいながら。






✳︎





常々



女性ブロガーの極まったのが
子宮委員長はる さんだとしたら

男性ブロガーの極まっているのが
坂爪さんだなぁ、と

おもっていました。


なんか逆のベクトルのようで
同じエネルギーみたいで。
ふたりともすごく純粋に突き詰めて
突き抜けているかんじ・・・





方や、はるさんの方は


風俗*嬢出身で
父親がわからない子どもを妊娠して
お腹の子どもの父親では無い男性と結婚
子育てはその父親が主に担当
ただいま別居中
子どもは男性の方へ


・・・単純に文章にすると

なんだこれは、
すごい泥沼なのか??? と
なりそうなのですが


ブログ見てみたらすぐわかるけれど
雰囲気は「幸せなピンク色」です。

わたしはこの人のブログを読むと
けっこう元氣になります。

なんかパワーがもらえるんでしょうね。
ありがたいことです。


はるちゃんは全国ツアーで岡山も来るらしいんですよ。
わたしはなかなかに出不精なので、行かないんですが



「あー、来るんだね〜、はるちゃん 」って
おもいつつ、見てたら

岡山はチケットが最初にソールドアウトになったんです。

もしかして
岡山は、はるちゃん好きが多いのかな?
行ってたら誰か知り合いに会ってたかもね。

誰か行った人、いたら
うちに来て話聞かせてね。



「子宮委員長はるの子宮委員会」
     ↓ ↓ ↓








方や
坂爪さんです。



今日、久しぶりに拝見したら



イイこと言ってる。
まだ子どもいないのに

正直に言いますと、テストで100点を取ったこどもを心の底から「お前、すごいな!」と褒めることができない(このまま優等生のレールを歩き続けてしまうことにある種の危機感を覚えたりもする)小生ではありますが、単純に、自分で釣った魚を三枚におろして刺身にしてくれたり、自然農法で育てた野菜を大量に持ち帰ってきてくれたり、大工の見習い体験を経てボロい自宅を修繕してくれたりなんだりしてくれた暁には、心の底から「お前、すごいな!」と賞賛できるような気がします。


坂爪さんは
こういうたとえ話が
リアルでいいなとおもいます。
想像力があるんでしょうね。



テストで100点取った子どもは
きっと一応褒めますけどね。

うちの場合は、
長女は小学校へ行かず
家で学習しているので

そういう機会がとりあえず無いのです。
今のところ。

そういう経験をした時に
自分がどういう反応をするのか、
正直まだわかりません。

これって、次女が
わたしは学校に行く〜 って言って
行くようにでもならないと
分からないですね・・・


ただ、
子どもが
漁師になったり、百姓になったり、大工になったり、
ピアニストになったり、焼物家になったり、

まぁ、なんでもいいんだけど


デザイナーでも、シェフでも
カフェ店主でも、

なにかやりたいことやっていて
その成果を見ることができたり
果ては、助けてもらったりした日には


感動するでしょうね、きっと・・・





あ、でも


坂爪さんはまだお子さんがいらっしゃらないから
想像の範囲外なのかもしれないけれど


子どもって、なにかしたから 
ありがたくおもう、というものでも無いですよ。


たとえば普段、
長女が、今ピアノの練習中、という時
だんだん上手になっていく音を聞いているだけで
日々、感動しているし。

(わたしは楽器はなにもできないので
ただ「すごーい、すごーい!」と言っているだけ)


次女は
成長期の真最中で
毎日毎日
言語も運動も発達中・・・


舌ったらずが残った
かわいい口調なのに
大人と同じように喋るようになって


「今しか無い喋り方」を
録音しておきたい
動画を撮っておきたい
という衝動に日々駈られます。


衝動のたんびに撮っていたら
一日なん時間になることか。


一日中起きてから寝るまで喋っている。










それにしても

はるちゃんは
かわいい息子のじゅんせい君と
離れて暮らし始めたみたいだけど。

わたしはというと
どんなに自由になろうと
子どもと離れるなんて無理だなぁ

やはりこの40代というのが
落ち着く年齢なんだろうか。


はるちゃんはまだ30歳くらいだったとおもうので
あと10年くらい先のはるちゃんも、なにしてるのか
楽しみにしてるのです。







そういえば、昔の
桐島洋子さんを思い出しますよ。

洋子さんにはソラを産んだ後読んだ本で出会いました。
だから10年くらい前かな。

この方も規格外れたお母さんです。

洋子さんは子ども3人を方々に預けて
ベトナム戦争に記者として従軍したりしてしまう。

次女のノエルさんを産んだのは
客船のベッドで一人の自力出産。
それも、お金がそれだけしか無くて
旅行費用を出したら
出産費用まで回らなそうだったから。

なんか豪快な方です。

私たちの母親世代を啓蒙していた方みたいですねぇ。
でも、こんなにギャップがあったら
啓蒙にならないですよね。

飛び抜けて突き抜けて
変わった女性だし、勇氣があるし
それはとにかく魅力的ってことでしょう。




洋子さんは 70年代から今も活躍されています。

自分の特異なプライベートをばーんと本にしてしまって
読んだ人に衝撃を与えましたが、

今まさに はるちゃん はそれを
オンタイムなブログでやっているところなんですね。


そういえば本にも載っていたけれど
今活躍している
洋子さんの娘さん息子さんたちは
お母さんについてなんて言ってるんだろうとおもい
ちょっとみてみました。

けっこう氣になる編集者がやはりいるんですね。
ちょっと検索しただけで
すぐに聞きたいことが出てきました。
家族じゅう有名人だから。


桐島洋子さんの長女
桐島かれんさんのインタビュー
子育て、について
⇩⇩⇩





もう、自由で放任すぎて
自立するしかなかったそうです。
反抗するにも反抗することが無かったらしい。


インタビューにも載っていましたが
桐島家は、洋子さんが30代の終わりの年
アメリカ ニューヨーク州の田舎の家を借りて
家族でしっかり暮らす1年、を作ったそうです。


この経験が姉弟みんなにとても良い影響を与えたらしく

もの書きのシングルマザーが大黒柱で
とにかく人生の前半は家族がバラバラになりがちだったのが

この1年があったおかげで
家族の結束は強まり

なにより、普段あまり一緒にいられなかった
お母さんがずっといるという幸せを
凝縮して味わえたことで
子どもたちは満足したんでしょうね。


子どもと過ごす時間は
「量より質」よ、なんて言葉も聞きますが

「質が高い」って
こういうことかな、と思って本も読みました。


























posted by terra at 20:58| 岡山 ☀| すきなヒト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

薪ストーブ

こんばんは
今日はとっても寒いです。


うちの暖房は
鋳物の薪ストーブひとつ。

2階建なので
家全部というわけにはいかないけれど
1階部分はこれで全部暖まっています。
非常に助かります。


家を建てた時にはまだ薪ストーブは
つけていなくて
建ててから3〜4年経ってから
やっとこさ鋳物ストーブを
友達のお父さんのお店で購入。



ここ⇩⇩⇩


冬の寒さを体験した後は
やはり、田舎生活に
薪ストーブは必要だ、ということになったのだよ。


それまでは灯油ストーブを使っていたのだけど
とくに夜になって寒くなると
まったくカロリーが足りないの。

朝市で出すお菓子を夜中に作っていたころは
灯油ストーブをすぐ傍に置いて震えながらやっていた。


薪ストーブはほんとうにいい。

この暖かさと
木の香りと
窓から見える炎


薪ストーブを使い出した年には
家族が一人増えたようなかんじ。
あったかい家族。
寒くなったら薪をどんどん食わせる。



そのころまだ3〜4歳だったソラも
すぐにストーブに慣れて
証太に教えてもらって
火も一から上手に起こせるようになっていた。


子どものころから火をおこせるなんて
かっこいい・・・




薪ストーブを使うには
木を買っていては
ラチがあかないので

まず木を見つけて
拾ってくる、もしくは貰ってくる
そしてそれをいい長さにして割る、
といった仕事が必要。


うちの場合
証太がこれをばっちりやってくれるので
ありがたく、楽しく、
薪くべだけ
やらせてもらう。


薪を準備するのには
斧だのチェーンソーだのが
欠かせない。


でも、わたしはチェーンソーや
草刈機といったモーターがついてて
歯が回ってる機械類が苦手。

高校生の時に
早朝アルバイトしていた近所のパン屋で
食パンを切る時に
すこーし指を切ってしまったことが
あります。
あの、回転する丸い歯です。

最近の食パンを切る機械は
指を切らないようにガードがついているみたいなのですが
そのころはガードは無くて剥き出しでした。

なので(?)その店では代々バイトの人は
だいたい1度は指を切っていて
わたしの時は、まぁ絆創膏レベルだったけれど
ひどいひとは、けっこうやっちゃってたらしい。


すこーし切っただけだったのに
血がたくさん出て
わたしは血を見て倒れるようなことは無いのだけど
いやまぁ、ぞっとしました。

それで刃物が苦手になったわけではないのですが。


幸い、証太は
薪しごとは好きな分野でもあるようで
薪運び の時以外は
特にわたしに手伝って欲しいとは言わないのです。

それから、話を聞いてみると薪割りは
男子のしごとの中で
楽しいことの方に入るらしいんですよね
証太の場合ですが。



だから、寒い中、手伝えなくて
悪いなーって思っていたわたしは
取り越し苦労でしたね(w


手伝えなくて、というよりは
お役にたてなくてゴメンね、ってかんじですけどね。












三宅洋平くんの三宅商店に
うちのカップを取り扱ってもらいだしてから
1ヶ月ちょっとですが
嬉しいことにでたくさんの方に
購入していただいているようです。


さいしょは三宅商店で焼きものまで売れるのかなぁ?って
おもってました。







備前焼は釉薬をかけずに焼く
焼きしめ、という陶器です。

氣体はすこし通すけれど
水は漏らない、というのが
本来なのですが

前回の窯の作品の中で、カップに
3日間水を入れっぱなしにしていたら
ついにしみてきた
という方がいらっしゃいましたので

もし、そういうことがあったら
お気軽に直接お知らせくださいね。

 ⇩⇩⇩
















今日現在
残り あと1個 です。


カップはあと一つになりました。
食べ物と一緒で
最後の一個ってなんだか残りますね。


わたしは、残ったカップ
いい焼けだとおもいます。










✳︎後記✳︎



完売しました! 
購入してくださった
見てくださったみなさん
ありがとうございます。

また次の販売も
よろしくおねがいします。



posted by terra at 22:44| 岡山 ☁| 焼物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

仕事と音楽


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。









✴︎








結婚式の引出物のしごとをいただいて
包装作業をしながら
音楽のことを話していた。

うちは音楽を聴くのは今だにCDです。


モノにかこまれて育って
モノ好きになった世代のわたしたちは
1972年と74年生まれ。

「音楽」を買う時も、CDでほしいのです。
形がほしい。ジャケットを手に取りたい。

究極やっぱりレコードでしょう、という
本格的な音楽好き、というわけではないのですが


しごとをしながら家で
好きな音楽を聴ける、というのは
この仕事をしていて良かったなぁ、
と思うことの中で
かなり初歩の方の話です。






仕事と音楽のこと









若い頃はふたりともロックをよく聴いていた。
好きだったのはとくにパンクロックです。






ランシドのライブに行ったら
前座がラフィンノーズだった。という頃。

パンクの人っていうのは痩せているイメージがあるんだけど
実際に見てみたら
白人さんは、良いガタイしてる人が多かった。

だから、前座のラフィンノーズが出てきて
チャーミーはほんとに細いなぁと、思ったけれど

ランシドのラーズやティムがでてきたら
喧嘩強そうで
怖そうな兄ちゃんたちだったのだ。



パンクミュージックが流行るかどうかというのは
社会環境によるのかな



あのころはなぜだか
いいパンクミュージックがどっと生まれていたとおもう。


なんといってもニルヴァーナがまだいた。


大学に入学したころに
カートコバーンが自死してしまう。

彼はロックアイコンですごいアイドルだったから
彼が死んだ国から遠く離れた日本で
喪に服している友人までいた。

奥さんだったホールのコートニーラブのライブには
2日続けて行ったんだけど
日々全くテンションが違って面白かった。

3日間のライブの
2日目は会場もすいてて、コートニーがMCで
「尼さんみたいな気分よ」とか言っていたんだが

3日目は最終日ですごい人だったから
彼女はそんなことを言ってる暇は無かった。

どちらの日の彼女も魅力的だった。




とはいえ、我々の
ファッションはパンクではなかったのだ。

とにかく、なんとか系のファッションが苦手なのだ。
なんでもない服が着たかった。


思想は全くしらないのに
ヒッピーファッションは好きだったので
タイダイのTシャツや
裾がヒラヒラしたパンツをふたりとも愛用していた。
リラックスタイプの服が好きなんだね。



そのころのわたしたちは似たような体型だったので
20代のころはTシャツからスニーカーまで
ほとんどの服を共用していた。





今は やきものや になって
ごつい上半身になった証太だが

(土しごとは上半身の筋肉が異様につく)

昔はひょろっとしていてかわいかった。



ふたりのミューズは そのころからずっと
パティ・スミス




ニューヨークパンクの女神さまだけど
パンクだからとかじゃなくて
あの顔も格好も声も
膝の刺青も
なにからなにまで大好きなんだ。


だから、うちには
神棚はないけれど
彼女のオリジナルプリントを
うちの家を作った時から
ずっと壁に飾っている。


.<br />#雛人形<br />#pattismith


























しごとをしていると
心地よい音楽が必要になる。

北山耕平さんの
ビートルズやイーグルスの記事を
スペクテイター誌 で読んだ証太が
ビートルズもやっぱりいけるんじゃないか、と思って
CDを棚からひっぱり出してきて

聴いてみるんだけど


ロックを聴いてると
あらゆるしごとをしたくなくなる

ということに何度か目に氣が付いた。



今は、仕事中に聞いてるのは
レゲエが多いです。

一見、ますます仕事がしたくなくなるんじゃないかと
おもうけど

レゲエは焼物しごとに合うようです(当社比)

しかし、クラシックもジャズも聞きます。









牛窓に家と窯を建てて住みながらしごとをし始めて
10年になる。


初めのころ、自分がなにを考えていたのか
記録しておけばよかったなとおもう。



家を建てながら窯をつくりながら
初めて子どもを生んで暮らして
初めての独立開業期。



楽しいこともたくさん
苦しいこともたくさん





一日があっという間。
一年がこれまたあっという間。


目が回るような日々だった。


証太はとにかく
好きだった 釣りやビリヤードなんて
ずっとやることもなく
やきもの だけの日々。



わたしはといえば
土の上に
長方形の箱みたいな家を建ててもらって
住んで。

子どもと一緒に
その中で一日中うろうろしている。

たまに庭にでて生ゴミを埋めたり
庭の草を抜いたり 球根を埋めたり。

子どもや犬と散歩にいくくらいが外出。



ほんとうに長い時間
この家の中にいる。


でも、10年たっても
ぜんぜん飽きない。

それどころか
わたしはできれば
もう今はどこにも行きたくないのだ。


わたしは
ほんとうにあまり外出しないので
初めのころは
友人知人がやってきて

飽きないのか、とか
もっと外に出た方が良い、とか言って

色々に誘ってくれていたので
いけるときには行くのだけれど


ほんとうにわたしは
基本的に
家にいて飽きることなんか
まず無い。

ということに自分で氣がついた。

氣がついた時は
え、みんなそうじゃないの?ってかんじだったけど。


そもそもそういう人なんだろう。
小さい頃から。



引きこもり
という言葉があって
なんだかいけないことみたいに言われているけれど


家にいて
ずっと楽しいのだったら
それはとても素敵なことだよ。



昔の人になったみたいだな。







今は
家の中にいて
ほぼ毎日
だれか来客がある。


どこからか、来てくれて

お土産を持って訪ねてくれたり
やきもの を買いにきてくれたり

それから一緒にご飯を食べたり
焚き火を囲んで、話をしたり
お酒を呑んだり

しごとだったり、遊びだったり。

その境目も無くなって来た。


いろんな国から来る人たちにも会える。


カナダ、ドイツ、ポーランド、イギリス、

イタリア、スイス、スウェーデン、

フランス、ウルグアイ、イラン

オーストラリア、、、

わたしは外に出ているよりも
ここにいた方が
たくさんの人と知り合っているかもしれない。




わたしは、人がどこかから来るたびに
この家が丸ごと船になって
新しい港につけるイメージが湧いて来る。




家を建てて間もない時に
二階で布団を敷いて
皆で寝ていた時
(そのころは空と3人家族)

雨なんか降ると
うちの屋根は一枚スレートだかトタンだか
板をペタッと載せているだけだから
雨音がすごい

ザザザザザァ〜
と屋根いっぱいに広がる激しい音を聞きながら
目と閉じていると

まるで
家族が乗り込んだ難破船が
大波に揺られているように思える。

でも怖くはない。
そばに家族がいるから。

愛する人たちは皆
安らかに眠っている。
その寝顔をただ見ているという
幸せがあるんだと
親になって初めて知った。


外は嵐でも
雨風凌げる家さえあれば
そしてそこに家族がいれば
わたしは簡単に幸せになれる。






家の入り口から
色々な人が入ったり、出たり。

船は色々なところに航海するから
何年かの間にちょっとづつ、
お客さんの顔ぶれも変わってくる。



この船がわたしの家。














そうだ
音楽の話だった。




船旅に音楽は必要だ。



ミュージシャンは
船中でライブをすると
チケットが安くなったり
只になったりするらしいですよ。



うちにもたまに
ライブをしてくれる友人たちがいて
家にいながら生演奏を聴ける
なんていう贅沢な時間がある。



#蛯名宇摩<br />#寺園証太窯出し展示週間<br /><br />宇摩ちゃんありがとう。津軽じょんがら節は、やっぱり最高に気持ちよかった〜
























それから今幸せなのは
自分の選曲した素敵なCDをプレゼントしてくれたり
わたしたちの好きそうな曲を
勝手にセレクトして置いて行ってくれる
DJの友人たち。





なんて素敵な人たちだとおもうよ
DJっていう人種は。




ミュージシャンも
ずっと歌ってるもんね。歌好きなんだなー
人間ジュークボックスみたいだよ。



あとは空のピアノの練習を聞いてるのが
今のわたしの好きな音楽だな。










ソラ、ピアノ教室のクリスマス会<br />.<br />(この席が「撮影席」なので  フレームいっぱいです<br /> 画面がふらふらしてすみません、<br /> iPhone持ちながら目で見てたので(^^;)<br />.<br />いつものピアノより<br />タッチの軽い鍵盤だから<br />最初は指が滑ってしまったのだそう。<br />後半慣れたって。<br />そういえば、朝来てリハーサルも無くて<br />次々弾いていく子どもたちって<br />肝が太いというか天真爛漫というか。<br />.<br />3回目のクリスマスで<br />バッハのインベンションが弾けるように<br />なって親はびっくりです。<br />子ども、尊敬する。<br />.<br />#piano #soraの生活<br />.<br />ゆ

































posted by terra at 17:15| 岡山 ☀| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする