2018年06月28日

母の移住



布団を3枚、畳に並べて家族みんなで寝ています。




家をつくる時に、証太が張った二階の床板の上に

ゆうのおじさんが昔、

改築の時にとっておいてくれた畳を

6枚並べて敷いて、その上に布団。




そこに、家族で「四本川」の字に寝る。



四人だけど、敷き布団は三枚で、掛け布団は四枚。


だんだんふたりが大きくなってきたら敷き布団を増やす予定。





わたしがMacBookで文章を書いたりするのは

だいたいがここの布団の上です。


一階で洗濯物を干したあと、

mac持って二階へ。



今日はしばらく海へ行っていた

娘が寝ながら帰ってきて

布団のとなりで寝ています。



幸せ。

...この新月かぞくみんなみごとに眠い。月の力にはさからえない。さからわない。.ソラのヨガの間一時間の海。.ショータはおきらく釣りユウとモモは季節外れのワカメ漁。.のあとの.ピザ屋の友だちのチキンカレー。どんどん腕前上がってる。めっちゃ丁寧なサブジ。ふつーにオーガニック。.ワカメも茹でて刻んで玉ねぎまぜて食べたった。茎のとこが食べたかってん。..海で遊ぶ釣り人はゴミ拾いしようね。.切れた釣り糸だらけやん。.いただきっぱなしは良くないで。頼みますよ。.....#新月#海 #お氣楽釣り #維摩ヨガ#チキンカレー #ワカメ漁#カレーを食べたら報告しよう#釣りをしたらゴミ拾いしよう#てらぞのゆう.ピザ屋の友だち@munchs_eiko @munchs_hiroki ...









彼らは、精米に行くついでに海へ「ちょっと」釣りへ。

精米と、釣りと。

どっちが本来の用事なのかはわからないけど。
















広島にいるわたしの母が

岡山に引っ越してくることになった。




母は父と一緒に住んでいるので

もちろん父も一緒に来ることになる。



べつに、彼女はわがままを言って

親父をひっぱってくるわけではなくて

いろいろな事情があって結果

こうなったのだ。





わたしと実母とは、昔から、

三日間いっしょにいるとしまいには喧嘩をしだす、

という仲。



そんな娘でも、

彼女には血縁者であるというだけで

近くに住みたいらしい。



そして、孫に会いたい。それが本音。





父母は、若いころ

口癖のように「老後は子どもの世話にはならん」

と言っていたので

まさかこんな近くに来ることになるとは、と

おもったけれども

まぁ、いわゆる想定の範囲というか、

どちらかというと、予測どおりなのかもしれない。













佐野洋子さんの対談本「友だちは無駄である」で


(アマゾンでは文庫本1円から売っていた!

 随分と安い娯楽だからぜひ買って読んだらいいですよ)




佐野さんが友だちときずいている友情のうらやましいこと。



あんな友人が何人か母にいたら

母は自分の今住むところを

離れることにもならなかったかもしれない。




辛辣な娘よりも、優しい友だちがいたらいいだろうに。





人生のなかで自分のうんこもゲロも見ていてくれる

そんな友人を何人も持てるなんて、

佐野洋子さんて、ほんとうに自分がオープンなひとだったのだなとおもう。


自分も人のゲロの始末するの、「好きよ」とおっしゃる。




ひとは、欠点があっても他人と友情を築ける。


その欠点を誰かと共有して、

いっしょに笑ってほしいとおもったら

もう、友情ははじまっているのかも。




むしろ、欠点だらけの人間は友だちになりやすい。

自分も楽だから。






自分をオープンにすればするほど友だちができる。


母はまだそれをあまり知らない。




自分のことを「人嫌い」だと言っているが

それは本心ではない。


あれだけ人とのお喋りが好きな人もいない。





母にはフラワーエッセンスの「Waterviolet」を処方している。

「孤高」の人のためのエッセンス。



わたしもこのエッセンスを飲むように

師匠のマリさんとのセッションの時よく言われていたのですが

わたしはそのぶぶん、

だんだん開かれてきてますね。おかげさまです。


逆に、今まで人に氣をつかって合わせていたところが

合わせられなくなってきたみたいです。


いつもそのまま、自分のまま、になってきています。

経験から来るもの、年齢的なものもあるかな。

でもフラワーレメディの効果はたしかに。





母は、これまでも

車で走ってきては、

いろいろな家を趣味のように見てまわっていました。




母にとっては車の運転は

簡単なことらしく

わたしの知る女の中では

母がいちばん運転があぶなげなく上手い。

50歳を過ぎてからタクシー会社に就職し

二種免許をとりに行って、2〜3回で受かっていたほど。





わたしはそういうところを

少しは受け継がなかったのかな?ともおもうし

似てない人は、とことん似てないんだな、ともおもう。












てらぞのゆう

娘が起きたので、今日はここまでです。





.花かんむり🌸リクエストに応じて母さんつくりましたよ。.花の首飾りも。.あとは花束だ、って時に@chikacikap がちょうど庭の花をブーケにしてもってきてくれて、完成。.子どものイマジネーションに付き合うのはかなりたいへんだけどけっこう好き。.子どものころの感覚を思い出す。.ほんとうにお姫さまだった時代や妖精だった時季があるんだよな。.母さんは昔から夢だったほんとの魔女になりましたけどね。.写真撮ってくれてるのは姉ちゃんです。.....#crystalchild#rainbowchild#fairy #princess#花束 #花かんむり #花の首飾り#魔女#庭の花#足元はこれはこれで良いかんじ#暑くてもレギンス#早くも冷えとり#てらぞのゆう

posted by terra at 19:55| 岡山 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

都会のおもいでなど


今日はむやみに早起きしました。

3時です。午前3時。



わたしは寝る時間も起きる時間も一定になりません。

その昔、会社員時代は遅刻するんじゃないかなんていう

緊張感がありましたが

今は困りません。



なにか用事がある時は、起きれます。

早起きしてしまったら、起きちゃえばいいし。





それで、こういう風に時間があいたんで


今日は、ゆっくりひとりでお風呂に入って

洗濯機まわしながら、歯磨きをしっかりやる。

それで、今日はブログに一文あげる。




贅沢。

幸せです。





今日も着地地点を決めずに書き始めて

適当に終わりになるとおもいます。


書きたいことは実は、たーくさんあります。

不思議な体験や、楽しいこと。

でも、人生ぜんぶはとても書ききれないし

言葉が下手ででてこない。



書けるところまで書いて、

あとはもしお会いすることがあればお話できたらいいな。

話する方が早いですもんね。









さて・・・


森道市場へ行ったこと

新しく焼物を取り扱ってくれるお店が増えたことなど


.森道市場初日  BOREDOMS!.めっちゃかっこよかったよ。.余韻に浸っていると、その夜コタンのヒデのナビでヨシミさん来店してくれました。@emeraldragonfly.写真撮ってくれたのはちょうどいてくれた靴屋のイケマ。@ikema_ ..うすい備前焼探してる、とおっしゃられていたのでうちへようこそー!でっす。笑!.全方面スーパーハイセンスなYOSHIMIさんなんてなんて素晴らしいことだ。.ステージを降りてきてくれたヨシミさんはほんとに素敵なバイブスの女性でした。...森道市場ありがとう。祭りは生き物だね。...#森道市場2018#boredoms#ooioo















ご報告したいことも、

たくさんあります。



さいきんInstagramに慣れてきて

ちょくちょく写真をあげているので

ご覧になれる方はぜひフォローして、見てやってください。

⇩⇩⇩



今もっとも頻度高くやっているSNSです。

すごいですね、このブログ始めたころには

影も形も無かったサービスなのに、

今ではブログを凌ぐ便利さになっている。

でも考えてみたら

こんなふうに、だらだらと文章を書いて

誰が読むのかわからないところに

流していけるブログという形態を、わたしは好きになってきています。










証太は次の窯のために 土づくりしながら

今は少しづつ、手びねりのものをつくっています。



.2018-6-21 くもり.友だちに.都会から田舎に引っ越して.調子はどう?.とたずねると.つやつやとした顔で.収入がずいぶんへっちゃって.と言う.ずいぶん元氣そうなので.それで、幸せなの?.と、たずねると.すこし、間があって.うん、幸せ.と、言って笑うのだ。.......#寺園証太#てびねりの器#てらぞのゆう#夏至











来年は、東京で2箇所、

二人展と個展がきまっているのです。

関東での展示会は、独立してから

初めてなのです。




場所は、春に目黒の「宙」にて二人展

おそらく秋(未定)に原宿の「playmountain」にて

個展の企画をいただきました。



また改めて詳しくお知らせしますので

どうぞよろしくお願いします。






東京といえば、わたしと証太は

東京の大学へ行っていました

そのころ、江古田という町で一緒に住んでいました。




証太の母には、常々、

結婚する前に一緒に住んではいけない

と言われていたのですが

わたしはそのころ「結婚する氣はなくて同居はしたい」と

おもっていたので

申しわけないけれど言うことを聞きませんでした。

ろくでなしですね。子どもというか。



証太の両親は一般的に見てとても良い親御さんなのです。

わたしはおかしなことを言う女の子だったのです。



おかしなことをいう、とか

ろくでなし、っていうのは

いわゆる、常識、っていうところで 言うとですよ!


親の言うことをきかずに

そういうことを自分がしてきたので

結婚せずに同居することがちっとも悪いとはおもっていません。




逆に、同居してもみずに結婚する方が、

実は向こう見ずなんじゃないかとおもっています。

そんなこと無いですか?

一緒に住んでみないと分からないことがたくさんあります。

一回の恋愛ごとに律儀に結婚して

また離婚して、を繰り返すのもべつにいいのですが

手続き嫌いなので、役所に行く回数はなるべく少ない方がいいのです、わたしは。





わたしが、東京のコンクリートジャングルで、

寂しいおもいもせずに

楽しく暮らせたのは、

証太と出会って一緒に住んでいたのが大きいのです。

大きいというか、ほとんどですね。




東京でワンルームで本当の一人暮らしなんて

今のわたしにも、当時のわたしにも

おもいつかないライフスタイルです。





昔、山田詠美さんの本が好きでした。

よく読んでいた中学生、高校生のころ。

詠美さんは、

心の中で、いとこのお姉さんのような存在でした。



彼女のエッセイで「わたしはひとり暮らしはあきらめた」

というようなことが書いてあって。

その一文を読んだ時に

「ああ、わたしもそうだ」とおもったのを覚えています。



わたしは、詠美さんの本を小説というよりも

年上の人が書いた恋愛の指南書として読んでいたらしく

じぶんが恋愛とやらをせっせととりおこなう歳になると

もう読まなくなったんです。


特に、自分が結婚して、子どもを産んでからは

すっかり読まなくなったんですけどね。


子どもがいたら、詠美の世界にどっぷり浸れないものね。

詠美ワールドはまったくリアリティを失って

わたしは子どもワールドへ誘われたのでした。



子どものいない人生っていうのも、だから、素敵だとおもいます。

そういえば、詠美お姐さんと仲良しだった

作家の 宇野千代さんも、おばあさんになっても可愛かったものね。


子どもとは、かくも親を老けさせ、可愛くなくさせるものなのか。

なのに、ほとんどの女は、ある歳ごろになると

子どもが欲しくてたまらなくなります。

ホルモンのせいだとは分かっていても

分かっていても欲しいものはどうしようもありません。



子どものいない女の人に、歳をとっても

可愛さを保っている人が多いのは

事実です。








ひとり暮らしをはじめて、すぐに証太に出会って

一緒に住みだして、

証太が東京を先に去ってしまったころには

ちょうど大学に入った弟が東京に来ていたので一緒に住んで。




なので、わたしは

結局ちゃんとした、ひとり暮らしをしていません。





その上、

ちょいちょい、意味なく何日も友人の家に滞在したり

毎日のように料理が美味しい居酒屋でご飯を食べたり

飲みにいって、そこで知り合った人と

2軒目行って、またそこで知り合った人と3軒目に行って

結局知らない人の家にみんなで泊まりに行ったり。


なにをしていたんでしょうねぇ。

なにがしたかったのでしょう。


生活している感がぜんぜん無かったですねえ。



たくさん稼いでたくさん使って

ふわふわと街の中を漂って家に寝に帰るような感覚でした。




今おもうと、あのころがあったから、

今の田舎のライフスタイルに出会った時

すごく刺激的で楽しかったんだなとおもいます。



しっかり土の上で「暮らしてる」っていうのが

すごくかっこよく見えたんだな。












ところで、わたしは、今

「フラワーエッセンス」というヒーリングツールを

処方したり、カウンセリングセッションをしたり

ということを、自分のしごとにしています。

これをやることになった経緯また少しずつ書きますね。

スピリチュアルなことたっぷりな話になるとおもいます。



しごと にしていると言っても

まだ、屋号も決めていないし、

名刺もつくってないですが、

今は、それが必要だとおもった友人や

家族に乞われる時に

しっかり時間無制限のセッションをして

(駆け出しなので時間で奉仕です。楽しいし)

良い循環の中で、お金もいただきつつ、

勉強させてもらっています。




スムーズに初めてしまったしごとなので

今のわたしにちょうどいいくらいの頻度で

セッションの依頼をしてもらえるので

ほんとうにありがたいなぁと。





ちなみに、


ただいまのセッションの価格は

トリートメントボトルひとつをつくるセッション


(今のところ制限時間きまっていません)


3,000円です。

メール、お電話などでもセッションできます。


送料は国内500円いただいています。




ご興味ある方はご相談くださいね。

terracoya@gmail.com へどうぞ。

.寺園家のゆうです。昨日はだいじな友人が蒼い顔をしていたので急遽セッションしました。.しかし、この3日間、誰がひいても出続ける #Aspen のカードがまた。.#新月 だからかな。胸のワサワサ、ざわざわ。.『原因不明の、漠然とした、目に見え  ない力に対する恐怖や不吉な予感』.人間だとようするに死に対する不安。「自分が死ねこと」を知りながら生きている動物は人間だけみたいです。.他の動物は死の瞬間まで「生きて」いるのでしょう。.アスペンは、そういった不安や恐怖がでている時に必要とされる #レメディ 。.1935年に #DrBach が発見したポプラの #フラワーエッセンス です。 ..#アスペン を飲むと自分の中にある『 #未知のものへの勇氣 』に氣がつけます。.「 #フラワーレメディ 」はわたしがソラを妊娠している時から使いだした「 #ホメオパシー 」と考え方がとても似ている。.開発者の #バッチ博士 ( 🇬🇧1886-1939 )がそもそもホメオパシー病院で働いていた人だから、あたりまえかも。.各症状や病氣に対応するというよりもより人間全体、人生全体が変化するかんじ。正確にいえば、自分の人生が取り戻せる。.偏りが  #中庸 にもどる。....ああ、#スピ系 ね、っておもう方もいるでしょう。.わたしこそ、そもそもが若い頃から#占い とか #スピリチュアル とかいらない、女子の好きな #おまじない に至ってはバカにしていた人で。.自分の人生は自分でなんとかする、っていう #男性脳優位 なタイプだったのです。.つい最近まで。...しかし、この3〜4年のあいだに、いろんなことが沢山おこり、抗えず、#フラワーエッセンス の 魔女の弟子 になり自分も 魔女 になりました。.魔女改め「#花使い」ってこないだ友だちのひーちゃんがセッション中につけてくれたんですが。.4年前に牛窓に来た #魔女の先生 @manaloamari マリさんは来月から関東に帰ってしまうので、ほんとうに瞬間的でいて永遠の出逢いでした。.マリさんほんとうにありがとう。わたしの人生にこんなに愛で導いてくれた先生は他にいなかった。なぜだか、厳しく導いてくれる人が多かった笑.まだ屋号も名刺もなにもつくってないんだけど、頼まれて友人や家族のセッションをしたり、新しいエッセンスを作ったり、レメディのボトルを調合したりの日々です。.言いたいので魔女っていいましたが、効き目があるのだからしょうがない。.はっきり言って、抗がん剤とか予防注射だらけの医学より、こっちの方が #幸せになれる科学 なんです。.今、医療がまったくいらないわけじゃないし、すばらしい西洋医学のお医者さんもたくさんいるのは知ってるんですが、要はどちらも万能じゃない、ってこと。万能じゃないんですよ。.天上界と、三次元、バランスとっていきましょう。.そもそも開発者のバッチも医学博士だし医療の限界を感じてレメディをつくったわけです。.でもわたしには『魔法』の方が素敵だから科学じゃなくて #魔法 がいいです。.人がその人らしく変化し、本人に戻って行くさまは感動的。.2枚目の写真は ユウソラモモそれぞれの調合ボトル。証太のももちろんあります。.7才までにフラワーエッセンスに出会うとその人生の中で #精神の病 にならない、と言われています。.ときどき、知識の整理を兼ねて、#bachflower を紹介します。.....#flowerremedy #flowerremedies#floweressence #floweressences#てらぞのゆう......




















今までやってきたしごとも

その時その時で、一生懸命、「天職かも?」「適職かも?」

とおもってやっていたのですが



わたしはじつは真面目なので

自分ができないところを鍛えることに

みょうに熱心だったこともあって

そもそも、向いていないことに手をだして

泣くほど泥沼な努力する、

というのを繰り返していたような氣がします。


例えば、営業とか、事務職とか

28~9のころ、リクルートに入社するときなんか

清水の舞台から飛び降りるつもり とは

こんなかんじなのか、とおもっていたのです。



「逆だろ?」と言われるのですが

わたしにとっては

大きな会社の会社員になる、というのは

けっこうな恐怖をかんじることでした。









あ、そういえば

昔、バカラ(クリスタルグラスのブランド)の直営店で

ただの販売員をやっていた時は

毎日ピカピカの美しいグラスやオブジェに囲まれて

1日数組のお客さんと話をするくらいで、たいして忙しくもなく、

暇な時はグラス磨いて、きれいにして立ってればよかったので

向いてるし楽なしごとだなぁ。とおもっていたのですが

いかんせん、これはお給料が安すぎて転職してしまいました。










わたしをフラワーエッセンスの世界に

誘っていってくれた先生というのが

佐藤マリさんという方なのですが

このブログで、ちらっと都会と田舎について語っておられました。


⇩⇩⇩

いのちの水 マナロア マリさんブログ「3次元で生きる」



主にFacebookで活動されていますが、

ブログはまとまった思いが綴ってあって

拝読させてもらっています。




たぶん、マリさんの話というのは

急に読んでも

わかりにくいところもあるとおもうんですよね

キャッチできないひとにはわからない。

でも、だからわたしのような

まだこの世界にタッチしたばかりで

フレッシュなところ、ボーダーに立っているひとが必要になるわけです。


実際、わたしにセッションを頼んでくれるひとも

「マリさんだと恐れ多い」っていうひとが多いのです。

セッション料金も安いしね。

この間口をついてでたのが

「わたしは今、牛窓でいちばんくらいに安い魔女なの」

現在、安売りしてます笑






マリさんは、

フラワーエッセンスに限らず自然療法、

セラピー関連に膨大な知識と経験があり

知識も経験もあるけれど、そこに留まらずに

ずっと経験と勉強を重ねられている方でもあります。


そして、実際に何代も先を見て活動されています。



この方が4年前に牛窓に家族で引っ越して来られて

それから、わたしのフラワーエッセンス歴が始まるのですが

そのころは、勧められてなにかよくわからないままに

飲まされていたというか、試していたようなものでした。




そのマリさんが、わたしの適正を見抜いてくれて

「あなたはフラワーエッセンスを処方するひとになりなさい」

と言ってくれなければ

わたしは、こんなことをやり始めてないですし

彼女がいないと、今やっていることはまったく違うとおもいます。





フラワーエッセンスのことについては

これからもちょくちょく、詳しく書かせていただきますね。




さきほど地震があって、家族も起き出してきたので

今日はここまでにします。





いつもとりとめの無い話を

読んでくださってありがとう。



よい一日をお過ごしください。






てらぞのゆう

..やきものとフラワーレメディ..一緒に納品.けっこう嬉しい。........#寺園証太#shotaterazono#てらぞのゆう#備前焼 #bizen#どんぶり #丼 #器#floweressences#flowerremedies#バッチフラワーレメディ























posted by terra at 08:39| 岡山 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月05日

子どものこと、わたしのできることできないこと



こんにちは。


ブログの最初の挨拶は「書いてる時間」でいいんですかね?

今、考えてしまいました。




夕方ちかくの昼過ぎです。





今、わたしは娘がふたり、証太に連れられて

ピアノ〜図書館 へ出かけて行ったので

最初、フラワーエッセンスの勉強(研究?)を始めたのですが

ふと

ブログを書こうとおもいました。






一人になると、焦るのです。





ふだん、あまりにも家族一緒で

多くの時間を過ごしているので

一人で家にいると

「ひとりの時でないとできないことをしないと!」

という氣がしてきて。




ひとりの時でないとできないこと

を考えたら、今はブログを書くことだった

という今です。







結局、子どものことを書こうとおもったんですよね

わたしは書き始めると、最初書こうとおもっていたことと

ぜんぜん違う結末になったりすることが多いので

今日もどうなるかわかりません。

それに、いつも長文になる、という癖がありますが

長文好きな方、よろしくお願いします。









今の、わがやの子どものことです。

困っているわけでも

自慢でもない

現状のはなし。






11才の長女は6才から小学校へ行っていない自宅学習者です。



保育園は3才から行ってましたがずっと嫌いでした。



遊ぶのは好きだったけれども

先生に遊び方や、その時間しなければならないことを

限定されるのが嫌だったのそうです。




保育園に行ってもらっていたのは

親の仕事の事情です。




そのころは窯をつくっていました。

3年かかって。

子どもを見ながらが無理だったんですよね。

親のほうが。






小さな保育園が2年で子どもが少ないため閉園になると

幼稚園に行きました。





幼稚園はわりと好きだったそうです。





さて、小学校ですが

級友にいじめられたわけでも、

朝、お腹がいたくなったわけでもなく




自分で6才の時に5日間だけ学校に普通に行って


「学校は合わないから行かない」


と自分で決定して、それからずっと家にいます。




勉強はテキストをつかって、自分でやっています。

わからない時の先生は親です。







4才の次女には 幼稚園に行きたい! と 言われているけれど

まだ行けていません。





・・・・という家庭環境です。

4人家族が、いまのところずっと一緒に家にいて

仕事したり、家事したり、遊んだりしているわけです。






書き残しておこう、とおもったのは

今、フラワーエッセンスのカードを見ていて

ふと、「この家庭環境はあまり無いんじゃないだろうか」

とおもったのです。



そして、

お話することで


どなたかの役に立ったらいいなとおもいました。




特に、子どもの「不登校」を氣にしたり心配したりして

苦しいおもいをしている人がいたら

(「不登校」とわたしは言いませんが)

こうやって元氣にやってるよ

という人のはなしを、聞いてみてください。










ここから、ちょっと話ははずれて

わたしと車の関係の話をしますね。

はずれているようで、

切実なことなのですが。






わたしが田舎住まいなのに

車の運転ができないので



子ども関係の外出もぜんぶ、

ただでさえ焼物の仕事が忙しい証太が

手をとめてというよりも

毎日の仕事の一環として行かねばなりません。





毎日送って行くとなると

車で10分ほどかかる幼稚園や保育園に1日2回

往復することになります。







ここに来たころ

わたしは、証太がやっている仕事がとても好きなので

できれば自分も車の免許を習得して

彼の仕事を応援したかった。



子どもの送り迎えだって買い物だって、

さいしょ、田舎に移住してきたころは

わたしが担当しようとおもっていたのです。



しかし、何のトラウマなのか

わたしは車の運転席に座るだけで

すごく怖いのです。


手や足がこわばって、普通に動かないのです。

助手席その他、他の席に座るのはだいじょうぶ。

あまり乱暴な運転の人は苦手ですが

あまり飛ばす癖の無い人ならだいたいだいじょうぶです。




結局、免許ことを考えるのが憂鬱なので

車の運転のことは一旦は証太にも諦めてもらった

という過去の経緯があります。




都会に住んでいる時は

いらないから免許をとっていないのだと

自分で思いこんでいたし




田舎に住んでからは

免許は必要だから取りにいかないといけないのだけれど

通うのはたいへんだから子どもが小さいうちは無理だ

と思い込んでいました。






運転したら、自由に自分の動きたいように動けるんだから

免許とりなよ!と

軽く、いろいろな人に言われました。




当たり前ですが、みんな運転できる人です。

証太ももちろん、言っていました。





生きていると

人生の中のいろいろなところで

自分を解放していくことが必要です。




わたしの解放もいろいろなところで

おこっているのですが

この「車の運転ができません」と

証太に伝えた時も、そのひとつでした。



人から必要とされる能力が無いことを

自分で認めることがなかなかできなかったのです。






モモがまだ幼稚園や保育園に行けてないのは

この11年、家族だけで過ごしている間の

フリースタイル感がなじみすぎて

まだ、親の方が

送り迎えの用事をこなす生活にチェンジできないというのが

ほんとうのところだとおもいます。

わたしが運転できたら、また違ったはなしになったかもしれません。




でも、うちの家族は

母親が運転ができないこと

娘が学校へ行かないこと。

に、馴れてしまった。



わたしと証太は

長女が自宅学習者になった時

「子どもが学校へ行かずに家にいる」と

「親の方が実はたいへん」というのを体験しました。




子どもの 好奇心、体力、に一日付き合うと

おとなはたまったものではありません。

仕事どころではないし

家事だって滞ります。




わたしの育児と仕事と家事は

自分で決めたバランスでやっていて

「いつも子どもに機嫌よくいられるほど」

が自分に課した基準です。

だから、なおさらです。




機嫌がいい人でいたい、というのが

わたしの望みです。








もう、証太もわたしも

「子どもが家にいてもだいじょうぶ」な体になっているのです。

やっとこさです。子どもの成長は早いから

たいてい親が追いつきません。



わたしたちは、ちかごろでは

子どもが家にいて盛大に遊んでくれているのは

ぜんぜんかまわない、という親に仕上がっていました。

子どもを見ながら仕事も家事も・・・・

能率はとんでもなく良くないのですが

・・・・できます。







そうしたら、今度は次女は

幼稚園へ行きたいのですって(笑)



うちは、親の主義で

子どもを学校へ行かせていない

のではなく

究極的に子どもの決断に従う、という

教育態度をとっている二人なので

子どもの希望により

自分が変わらなければなりません。









毎日のルーチンって

ほんとに苦手です(私がです)

大学までしっかり留年もせずに

通いましたが、実はとても苦手。



子どものころ、

夏休みの宿題は毎年すぐに終わりましたが


朝のラジオ体操はたまに行けるくらいでした。

そもそも、ハンコ押してもらうのだけじゃ

ぜんぜんモチベーションにならなかった

という理由が大きかったかな?




わたしは、他人にノルマを掲げられても

クリアするために努力することが

どうしてもできないのです。




自分が「これは」とおもった

人、コト、モノ、のためでないと

動けません。





わたしは「学校へ行かない」と言った子どもを

すぐに受容できます。


不安や心配はわたしだってひととおり、しました。

でも、だいじょうぶ。


どちらかというと今から

積極的に学校へ行きたそうな

次女のほうが

わたしたちには難題をもってくるのかもしれません。




でも、それもやっぱり必要な人生のテーマなんだとしたら

楽しんでやっていこうとおもいます。





てらぞのゆう


















posted by terra at 17:32| 岡山 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月28日

【出店】 森、道、市場 2018


愛知県蒲郡市で開かれるフェス

「森、道、市場」をご存知でしょうか。


ご存知なければ、ぜひこちらをご覧ください。





なななんて楽しそうなお祭りでしょうか。




今回、この 森道市場2018 へ 出店いたします。

期間は 5月の11日(金)12日(土) 13日(日)

なにやら、お店は飲食クラフト、あわせて300店舗ほどもあるらしいです。

海のそばの砂浜あり、遊園地を借り切って、その上美味しいお店が目白押し。

楽しいに決まってる設定ですね、これは。



基本的に出店者の一般募集は無くて

声をかけてもらえないと出られないらしいのです。

知ったのが去年で、おーもしろそー!いいなぁ!とおもっていたら

今年、さっそくある友人から声をかけてもらえて

現実化が早いこのごろとはいえ

声に出してもいないのに、うれしかったです。




常滑に焼物やってる友人が住んでいるので(やきものの街です)

そっちの半島には行ったことあるのですが

こっちの半島ははじめてです。



お近くの方、ぜひ遊びに来てください。

備前焼たくさん持っていきますので

触りに来てくださいね。


















posted by terra at 01:00| 岡山 ☀| Comment(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月26日

お金の使いかた



おはようございます。

昨日のブログなんですが。

翌日見直してみたらひどい文章だったのでリライトしました。

何言いたいのかわからなかったですねー!

子どもにじゃまされながら書くとほんとにひどいです^^;








わけあって、今日はお金の話にしてみます。

44歳の子持ちの女のひとつのサンプルです。



わたしは今ほとんど自分のものを

あんまり買わないので

(今使っているMacとか、そういうのは買います)


好きだと言っている

子宮委員長はるちゃんにさえ

お金をなんにもつかってないんですね。

かんがえてみると。


セミナーとか行かないし

商品もなにも買ってない。






前回の話でいうと

patti smith とbjork のCDは、そこそこ追っかけて買いますよ。

ライブのTシャツとかも買います。

そのくらいって言ったらそのくらいです。





冒頭で、「わけあって」って言ったのは

たまたま、この方のブログを読んだからなのです。



「マダムユキさん」



「はるちゃん好きです♡」と言う人たちの中から、
 380人しか実際にお金を払おとする人はいないんですね。
 毎月たったの3000円すら出さないとは、「好き」が軽いなぁ。。。

この事実を前にして私は思いました。
 もしかしたら、はるのファン(信者)も大部分の人たちは私のようなヲチャと同じで、
 ただ彼女を無料のネットコンテンツとして消費しているだけなのかもしれないな、と。
信者とヲチャは楽しみ方は違うけれど、子宮委員長はるの言動や存在を楽しんでいることは一緒です。
信者たちは熱狂し、依存する対象として彼女に群がり、
 私のような者は怖いもの見たさで彼女を中心とした信者たちの輪を外側から眺める。
楽しませてくれているうちは熱視線を送りますが、どうにも私たちは飽きっぽい。
私もはるにはもうすっかり飽きていて、たまにしか観察しなくなっていたように、
 大勢のライトなファンもまた「はるちゃんのことは好きだけど」と言いながら、
 お金を払いたくなるほど夢中になる対象はとっくに他の人へと移っているということかな。
「子宮委員長はる」という存在はこうして消費され、飽きられつつあり、
 じきに終わったコンテンツとして忘れられて行くのでしょう。
今はまだ書店のスピリチュアルコーナーで存在感のある彼女の著書が棚から消える日は、
 そう遠くないのかもしれませんね。





この人の論でいうと、

わたしはファンって言ったらいけないのかな。


わたし、はるちゃん好きですけど

グッズや書籍で買うもの無いんですよね。

さんざんブログ読んで満足しているから本はいらないし

重要なこととして、ピンク色が苦手なのです。

今より幸せになりたい人じゃないから

セミナーとかコンサルが必要なわけじゃない。




無料のコンテンツばっかり消費して

好きだわ〜とか言ってたらあかんかったかな?


と、少し思ってしまいました。





まぁ、日常、仕事に必要なものと

子どもに必要なものと

食品とお酒以外に

他のものもそんなに買わないので

許してほしいところなんですが。








好きです、と言いながら

文章力が無いのか、時間が無いのか

はるちゃんの発信の内容については

ほとんど紹介してないですが

(興味がある人は読めばわかる)

そもそも、

内容がどうのと言うつもりはあまり無くて

こんな人がいるよ!面白いよ!です。




見ているぶんには

桐嶋かれんさんよりも、石田ゆり子さんよりも

面白いですけどね。

かっこつけてなくて赤裸々で。

かれんさん、センス良くて好きですけど(ゆり子さんはあんまり知らない)

べつに文章とか素敵生活が見たいとはおもわない。

キレイキレイな人のかっこいい生活見てて

みんなほんとに面白いのかな?




はるちゃんの場合

美人女優になるような容姿を持って生まれたのでもなく、

patti smith やbjork みたいに特異な

音楽の才能を持って生まれたわけでもなく、



ごくふつうの、しかも水商売をしていた女の子がやっている

自己解放をリアルタイムで公開してくれていたブログですから。

ひとりで身体はって、すごいことだとおもいました。




デトロイトからひとりでスターになるために

ニューヨークに出てきた patti smith。




アイスランドでバンドやっていたのに

自分で自分をプロデュースしていって

世界中のいろんな才能を持った人と一緒に自分を遊んで

あんなになっちゃった、bjork。





でどころは、そんなものですよ。

どんな才能がどんなところで噴出するのか

わからないんですから。






わたしが期待しているのはどちらかというと

はるちゃんのこれからだったりします。




今まではわたしが購入できるサービスが

無かったんですけど

島に移住して、ガーデニング三昧したい、

と言っているので

だんだん面白く成熟していくんじゃないかとおもう。


彼女が、ターシャテューダーさんというおばあさんが素敵、とか

大原に住んでるなんとかさん(ど忘れ)というガーデニングの上手な

イギリス人の女性が好き、とか書いているのを見て

おおー、そうなったか、そうだろそうだろ、と

田舎の豊かさにどっぷりはまっているわたしは思ってしまいましたからね。



あんなことを発信していた女性が

これからどんな風に変わっていくんだろう

という楽しみがあります。

そもそもわたしの歳よりも10歳年下なんです、彼女は。

若ければなにをしてもいいわけじゃないけれど

若いうちにしないとできないことは多いとおもう。




マダムユキさんは、わたしとどっこいの同年代みたいです。

頭いい人みたいで、「子宮系」の人たちのことを

よく調べ上げてばっさりばっさり切っているので

それも読んだら面白かったです。

ちょっと怖いくらいキレキレですけど。






てらぞのゆう











































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posted by terra at 13:53| 岡山 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

結婚


前からなんどか書いているのですが

子宮委員長はるちゃんのブログ、おもしろいですよ。






元旦那さんの岡田哲也さん経由で偶然知ったのですが

ふたりともカウンセラー的な仕事をされていて発見した時は人気でした。

ちょうどそのころ、わたしは百も生まれて幸せ絶頂期だったので

「世の中にこんなに幸せになりたい人たちがいるんだ!」と

そのことに逆にかなりびっくりしました。

あ、なんか傲慢ですかね。

でも、それに関してはまた今度書きます。

わたしはわたしなりに幸せと不幸を感じてきているのです。






面白くてブログを読んでいるだけのファンなのです。

本も持ってないし、なにも商品を購入したこともないので

いただきっぱなしですね。すみません。




実は、自分らしく生きている女性 は、

そもそもみんなこんなマインドで生きている、とおもうのですが

彼女のすごいところは

それを、リアルタイムに赤裸々に、

文字にのこしているところだとおもいます。



特に前半のブログ。

ソープ 嬢をやっている女の子が「自分を幸せにする」過程。







唐突ですが

わたしのとくに好きな女性像をむりやり3つあげると






3,はるちゃん



パティとビョークは年上の外国人でミュージシャンなのですが

ともに、共通しているのは




「パンクスピリット」

「自分らしい女性性の追求」





わたしは女性としてどうやって生きていきたいのかなって

ちょっとわからなくなった時にも、

彼女たちの歌を聴き、姿をみます。

わたしが好きな女性性って

「愛されなんとか」とか「モテなんとか」

とか雑誌の特集みたいな

そういうところに無いので、ロールモデルがないです。

「こうなりたい」っていう女性のスタイルが身近にはなかなかいないのです。

(そもそもみんなそれぞれ自分を生きるしかないんですが)





はるちゃんは日本人で、わたしの10歳年下!

彼女はパンクスだと自分では言ってないですが

この生き方は、パンクでしょう!







そう、今日は

ブログで、彼女が紹介していた方が

またおもしろかったので、のっけます。



谷原由美さん(ヒプノセラピスト)

【結婚したい女子必見】




あの、結婚はですね、

結婚するコツはですね、


結婚したいと決めたら、いつまでにするかを決めて、

この人となら結婚してもいいかなと思ったら、

自分からプロポーズするんですよ、女子のみなさん。


もう一度言いますが、

自分からプロポーズするのです!女子のみなさん!!



男性からのプロポーズなんか待ってても時間が過ぎていくだけです。

そんな時間は無駄です!

男の人なんて、将来とか先のこととか考えていません。

基本的にそんなこと考えない動物なのです。





わー、いいですねえ。

わたしの経験上もこんなもんですよ。

結婚について、なんて書いたことないので

わたしもちょっと書いてみます。





わたしは19歳のころに出会った恋人と10年後に結婚しました。

と、いうと、あまり紆余曲折がなさそうでしょう?

その通りで、恋愛も結婚もしたくなったらした、っていうかんじで

あんまりドラマもありません。


はるちゃんのように、今世の経験からは

話ができないのですが・・・





女友達、男友達のようすを昔からいろいろ見ていておもうことがあります。





「どうしても結婚したい」っていう氣持ちをもっているのは

だいたいは男の人よりも、女の人ですよね。

(じつはわたしは違ったのですが)




「結婚したい〜結婚したい〜」って言っていた男の人もいましたが、

結婚したとたんに4人子どもを成したところをみたら

あれはたぶん「性 欲」だったんだなー



女性の「結婚したい」は 性 欲だけではない かんじしますね。

安心したい欲、子どもを可愛がりたい欲、可愛がられたい欲、とでもいうもの。





結婚したい、と言ってきっちり結婚する女性は

完全に自分主導で、行動して相手を探している友人たちでした。




したい、とおもったことを行動に移して

結婚するからには、まず誰かと出会わないと・・・

いろいろな方法で人と出会っていく過程、

これを経ないと結局結婚できないのです。

間で「けっこう痛い目もみるよ」って教えてくれましたが

それこそが経験の財産、だとわたしはおもいます。





「待ってる」「いい人がいたら」っていう女性は、

そのマインドの間は結婚しないですよ。なかなか。

この時期はじつは

潜在意識では「したくない」んじゃないかとおもう。







だって、だいたいの男性は結婚てそんなにしたくないですものね。

   
   自分の人生が制限される氣がするし・・・・

   責任が重くなる氣がするし・・・・

   結婚式なんて恥ずかしいから嫌だし・・・



実は、わたし自身が     こう思っていたんですよね。

だから、20代のわたしは 結婚したくない女子 だったんです。

そりゃ、珍しかったです。

女性性が開いてなかったのか、結婚観がこじれていたのか。



なので、男子の「結婚したくない」も

ほんとはよーーーーーーくわかります。



いやだよね。

相手を「幸せにしてあげたい」けど

なにしたら幸せになるのかわからないし

恋人といえども、女ってわけわかんないし。

(男と女は違うドウブツですから)




わたしが結婚した理由の内訳はいろいろあるとおもうけど

No.1は

「子どもが産みたくなったから」


それから、、、さみしくなった。一人でがんばるのが。

それから、、、酒のんで、ころんで歯を折ったのが

きっかけになって、ますます憑き物がとれたみたいになって

一氣に「結婚(でも)しよう」っていうことになったのですが。

(自分の中で勝手に)





わたしの相方の証太は

家族がみんなクリスチャンで、幸せな結婚感のもとに

幸せな家庭に育った、幸せ優良児だったので

きょうだいも全員結婚がわりと早かった。


わたしが「結婚しようか」と言えばすぐに「うん!」というのは

わかっていたのですが



うちの場合は、母親が

「結婚なんて女にとって良いことないから早くするもんじゃない」

という考え方をとくとくと語ってくるので

それに子どものころから慣らされているところもあり、

なーんか、結婚したくなかった。



いや、実際そんなカップルもいるんですよ。

男性は結婚したがって、女性は結婚したくない、

というパターンもあるんです! 他にもいるでしょ???

いませんかね?




だから、わたしは、けっこう女友達の動向、男友達の動向を

冷静に見ていました。

うちの場合と逆パターンが世の中多いらしいなぁと。





そして、うちの相方は

なんでこの人は結婚したいって言わないんだろう

っておもっていたのだそうです。あとから聞いたはなし。


「結婚したいって言わない人とは無理に結婚できないよなぁ」って




彼の妹たちや、周りの女の人は

みんな女性が「♀結婚したい!」

と言うからから「♂しょうがないなぁ・・・^^」って次々に結婚しているのに

(ほんとのところ、実際はその方が多いとおもうんですよ)




「♂ うちの相方は、言わないんだなぁ・・・

「♂ やっぱり結婚したくないのかなぁ・・・」



と、おもっていたのだそうです・・・







こんな男の人もいるとおもうんですよ。

(とくに日本人?)





二人とも相手が言い出すのを待って

ダブル待ち受け状態でお見合いしているというコンビ、いませんか?




結婚したいけどプロポーズを待っている女の人って、



自分がしたいのに「〜してほしい」

って、なんかへんじゃないですか???

(まぁ、矛盾しているのが女性ですけど)



エネルギーの方向性が混在していて、スムーズじゃないから、

かなわないんですよね。





就職したい会社には、自分からエントリーするだろうし

行きたい外国に行くためには、自分で旅券をとって準備するだろうし

やりたいことは、自分でみんなやるでしょう?



どうして結婚だけ、待ち受け状態なんでしょうか。



したいことは、自分で口にだして

自分で行動したらいいんじゃないだろうか。

シンプルに。



ちなみに、うちは結婚するときに

最後はわたしが決めました。


「もう結婚しよか」


これだけです。(観念しました・



結局だから、

わたしもプロポーズなどされてないです。

あ、自分からしたのか。



だいいち、付き合い出す時だって

はっきり言葉で言われたりしてないのです。



でも、わたしはそんなことぜんぜんどうでもいいなぁ。

プロポーズの言葉もいらないし、指輪もいらないし、結婚式もいらない。

したくないことはしないし、したかったらしたいけど。




早いもんで、結婚してから

14年くらいたってますけど

今おもうと

結婚しなかったら越えられてなかった

山や谷がいろいろありました。



なにがあってもこの人とずっと一緒にいよう

と、腹を決めるのがわたしにとっての結婚でした。


だから、腹を決めるのに10年かかったわけです。

わたしの場合は。

(重い! 重いんですよ、わたし笑)






しかし、そもそも結婚なんて、自分に都合がよいように

制度をつかうしかないとおもうんです。


「結婚」っていう言葉が一緒なだけで

みんな考えていることはばらばらですから。







それを、ちょっとずつすりあわせていくのが

「生活」「暮らし」だから。



.<br />ソラの作品 <br />10才のときのパステル画。<br />.<br />友だちが欲しいというので<br />結婚祝いに贈ってた。<br />欲しい人がいるとすぐあげるの<br />すごいなーとおもう。<br />.<br />子どもはどんどんつくるので<br />拾い集めて作品を管理するのが<br />ひとしごと。<br />.<br />今日はピアノのミニコンサート。<br />さいきん、モモも習いたがるから<br />どーしよーかね〜 て<br />言ってるとこ。<br />ソラの時は、習いたいっていいだしてから<br />1年以上待ってもらったんだ。<br />大人もいろいろ事情があるので...<br />.<br />.<br />.<br />#homeeducation <br />#homeeducator <br />#絵は描く人に似る<br />#焼物も作る人に似る








てらぞの ゆう













































posted by terra at 14:18| 岡山 | Comment(0) | 女と男について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月29日

産後に腰を締めては幸せにならない

たいせつな骨盤の話をします。

もし、出産を控えた方や

これから子どもを考えている方がいらっしゃったら

読んでください。





一人目のソラを産んだあと

助産師さんが毎日通ってきてくれました。

背中や脚を蒸しタオルで温めたあとオイルマッサージをしてくれて

そのあと、腰をくーっとゴムベルトで締めてくれました。

それから産後に「トコちゃんベルト」をすすめてくれました。


「産前よりもスタイルが良くなってほしいですからね」

と、優しく熱心な助産師さんは言ってくれます。


そうすると、お産でひろがっていた骨盤は

するすると元どおりに締まったのです。






マッサージしてもらっている間

「人生の中でこんなに他人に

 大事にしてもらったことがあっただろうか・・・」

と毎回感じるほどに、助産師さんの

真摯なしごとぶりと、愛をかんじました。







しかし

なにやら私の身体がへんなのです。

実家で母がつくってくれたごはんを食べるとき

手に持っているご飯茶碗や味噌汁椀を

毎日のように手からすべりおとしてしまう。

自分の身体がコントロールできない。




子どもが生まれて、すごく幸せな氣持ちのはずなのに

胸のあたりがもやもやと寂しく悲しく

涙がぱたぱたと、あとからあとからでてくる。




自分の心と身体と頭の感じかたのズレが

氣持ちがわるいのです。



生まれてきたばかりの子どもは

無条件にかわいくて

見ているだけでどきどきするくらい

幸せをかんじているのに、




胸の中を風が吹き抜けているかのように

心が虚しいのです。




これはもしかして

「産後ウツ」っていうものなんだろうか?

さすがにわたしも疑いました。



果ては、実家で母と喧嘩にもなり

証太とは電話で喧嘩になり



わたしは子どもの顔を見ながら

毎日のように泣いていました。

ぜんぜん泣きたくないのに、胸が苦しいのです。




その後、

岡山へ子どもと一緒に帰ってきました。

相変わらず

子どもはめいいっぱい可愛いし

子どもの世話は眠いけれど苦になりません。


ただ、虚しい心のうちは変わりません。





その後、しばらく、お産の本を読んだり

いろいろな方のブログを読んだりしているうちに

わたしのこの不調は

「産後に骨盤をしめたためだ」

ということに氣がつきました。






骨盤のことについて

このホナミ先生のブログはとても勉強になります。


名古屋サロンHONAMI 骨盤リセットボディメイク

「トコちゃんベルトのホント。」







お産をするのは、生死の境目にたつようなことですね。

「もしかするとこれで死ぬのかもしれない」

そんなことを全くおもわずに

お産を迎える人も少ないのではないでしょうか。




その象徴ともいえるのが骨盤です。

今まで、そんなことは一度もなかったことなのに

子どもの誕生でいきなり骨盤がぐわっと開きます。



出産以外で、そんなことがあったら

人は死んでしまうとおもいます。



ただ、お産の時には、それが可能です。



わたしは、こうおもいます。

骨盤ががばっと開いた時

女の人は、一度死んで生まれ直すのだと。




母になると、がらっと変化する人がほとんどです。

自分で今までの自分を忘れてしまうほどに。



これは、脳科学者によると

出産によるホルモン分泌で脳が変化するため

らしいです。



骨盤のことを考えると

開いてしまったというのは

「あの世」へ行ってしまった状態なわけです。



お産という、命がけの行為を行って

あの世から子どもと一緒に

「この世」へ戻ってきます。



出産して幸せなのは

子どもの顔を見ているだけで

ホルモンが放出している状態です。

このホルモンのおかげで

お産の痛みにも耐えられるし

産後に子どもの世話もできるのです。




この状態を、なるべく長く続ける

そして、ソフトにグランディングしていくのが

「産後ウツ」を感じずにすむ方法です。



そのためには

「骨盤は無理矢理しめてはいけない」のです。








7年後に、もういちど出産したわたしは

今度は骨盤をなにも触らず

起きるのもトイレに行くくらいで

骨盤が自然に元の位置までもどるまで

布団に寝て、子どもの顔をみながら過ごしました。



そうすると、今度は

幸せすぎる、という状態を経験しました。



子どもが生まれてからずっと

布団の上にいるだけなのに

部屋の景色が

キラキラキラキラ 光っているように見えるのです。



今度は、ひとり布団の上で

100%幸せの涙を流しました。


IMG_1021.jpg




























あの時は、もう言葉ではなくて

ああ、女として人として、最高に幸せだ

女でよかった、人間でよかった。

子ども、かわいい。

証太、ありがとう、空、ありがとう。

生まれてきてくれた赤ちゃん(名前がまだなかったので)

ありがとう。

世界ありがとう。お父さんお母さんありがとう。



そんなかんじの光、キラキラした想いが

わたしの心の中を満たしてくれるのです。

あんな幸せは生きている間に

もういちど味わえるかどうかわかりません。

至上の体験でした。宗教体験のようなものかもしれない。










二度の出産でわたしは、

おもいもかけず

骨盤をどうすると自分がどうなるのか?という

実験をしていたのです。



わたしの経験からの結論は

やはり、骨盤は締めないほうが、いいんじゃないでしょうか?

ということです。





きっと

すすんで産後ウツになりたい人なんて

いないとおもうのです。



骨盤はしっかり寝ていたら

そのままゆっくり放っておいても

ちゃんと元の位置まで戻りましたよ。




IMG_1544.jpg
























posted by terra at 01:37| 岡山 | Comment(0) | こどもが生まれる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

自宅出産と親の説得



「自宅出産を、親にどうやって説得したの?」

と、以前に友人に聞かれて

それで出産当時を思い出してながら考えたんですが


自宅出産することで
親を説得はしなかったのです。

説得というよりも
親の不安を聞き出して

その不安を打ち消すような資料を
助産師さん(広島の前原英子さん)
に見せていただいて

ということをやっていたわけで

説得というより、「説明」です。


自分のこころは「自宅で産む」と決まっているので
そうしたらもう、自分に都合のいい情報しか
入ってきません。



わたしは1回目の自宅出産の時には

親の実家で産ませてもらったので

礼儀として自宅出産のハウツーだの

「説明」を両親にしたのですが、







2回目の自宅で家族だけ出産(無介助)の時は

自分の親は、無介助でやると言ったら

必ず反対するし、心配して、駆けつけてくる

と、分かっていたので


生まれるまで、内緒でした。


もちろん、子どもが生まれることは言っていましたが

今回は助産師さんを呼びません、ということは

言っていませんでした。



親を説得する労力なんて

使っている場合じゃないですから。


説得して、その山を越えたところで

そこには、なにもほしいものは無いですからね。





だから、この質問をもらった時おもったのだけど

この友人が、なんでそんなことを聞くのかというと、




1

妊娠出産ということに
なんらかのブロックがある



2

説得しなければならない人を
自分の外側につくる





1→2  という状態で


2 をいくらがんばっても

1 は改善しない






3

自分の妊娠出産にたいする
ブロックがなになのかを
内観する


1→3 の方が効果がある
(妊娠できる)




ということなんですね。




これは、自宅出産に限らずなんだけど
やりたいことは、誰も説得しなくても
大人なんだから自分で勝手にやったらいいとおもう。

出産はじゅんすいで主体的なこういなのだから
一番に尊重されるべきは
産む本人の意見だとおもうんだよね。


お母さんたちは
いろいろと人生の先輩として
アドバイスをしてくれるんだけど
愛情はあれど
アドバイザーとして適役かどうかはわからない。


たとえば、
わたしの母の世代(1947年生まれ 団塊の世代)は

自分が生まれる時には自宅で誕生して
自分が産む時には病院で産む

人がほとんど、という
とっても妊娠出産の文化的歴史の中で
変化のある時代に生まれた人たちなのです。


その子どもたちが「自宅出産がしたい」と相談しても
実体験が無い人が多いので
本人たちは、とても不安が強くて
氣楽に相談にのれないのです。


相談するなら
自宅で子どもをばんばん産んでいた世代の
おばあちゃんにするか


今また日本で、地方を中心に増えている
子だくさんの家族たちの
お父さんお母さんに会いに行くのが良いとおもいます。


.<br />久しぶりに会えた大好きな<br />友だち<br />.<br />近くにいないのは<br />たまにさみしいけれど<br />.<br />友だちのいるとこが<br />増えるということは<br />世界が広がるってこと<br />.

ここんちのお父さんお母さんもおすすめです。
子宝神社みたいな家。5人兄弟のうちの3人、とうちのソラ。






自分の頭の中に
「許可を得て説得しなければならない人リスト」
を作って、誰かを説得できないから
好きなことをしないのは

「ほんとうは、自分がそれをやりたくないから」

なのです。


「ほんとうは自分はそれを絶対にやりたくない」
を、自分で認めると楽になりますよね。





妊娠したい ⇄ 妊娠したくない

自分の中で、相反する希望を
両方願っていたら
なかなかほんとうにはなりません。



ある友人は
妊娠したいんだけど
なかなかしない、というので

話を聞いてみたら

「そもそもセ ッ ク スが嫌い」

というブロックが上がってきて













そりゃできないだろ!! 

ってなりましたよ。



でも、こういう人は

けっこう多いよね?











あとからだったら自分でつっこんで

笑えるようなことでも



自分ではっきりと認められるようになるまでには

意外と時間がかかったりするものですね。









てらぞのゆう





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posted by terra at 21:50| 岡山 ☀| Comment(0) | こどもが生まれる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

母乳について


7ヶ月ほど前に証太のfacebookに

わたしの母乳のはなしを書いた。




(↑ 埋め込みの仕方がわからないので記事はまた探してのせますね)




わたしは自分の名前でSNSをやっていないので

この時は証太アカウントを借りて、わたしの名前で記事を書きました。

今は家族単位で、しごとも遊びも暮らしも一緒のごちゃまぜ発信です。

今のうちの暮らし方だと色々分けたりできないのです。


じつは「スマートフォンで投稿」というのが以外と苦手でブログもメールも

ほとんどは家でMacを開いて(ノートなので)やります。(←旧タイプ)

しかも子どもがいないときオンリーなので時間が短い・・・!




「母乳を人前でやる人を見たことが無いのが、今母乳を子どもにやる人が減っている原因」

という写真家の人の記事を見たのが、この記事を書いたきっかけです。



子どもが生まれて授乳しはじめてから、それまで氣がつかなかったことに

すぐに氣がつきました。

おっぱい出して授乳している人がほんとうに少ないのです。

「授乳室」を探したり、「授乳服」というマントみたいなのを着たりして

こそこそと(?)そう、まるで喫煙所を探して分煙している愛煙家みたいに

授乳しているお母さんが街中ではほとんどだということ。



もともとの乳房がブラつけるほどでもない、というわたしは

20歳くらいから、ノーブラあたりまえな感覚だったので

子どもできて授乳になってもどこでもあたりまえに

胸出してやっていたんです。



そしたらけっこう、「大胆にやるなー」という視線や

意見もあったとおもう。

でも、やめないんですけどね。





ソラの授乳の時、フェリーに乗船して車の中で授乳していたら

乗務員のお兄さんが、はしごを上ったり降りたりしながら

なんども車の中をのぞいてくることに氣がついた家族が

「お兄さん、授乳が珍しいんやなぁ」って笑っていたのを思い出しました。





わたしは昭和の初期にほっかむりのおばちゃんが

畑でおっぱいやってるような氣分だったのですが。




facebookの記事にも書いたのだけれど

わたしだって、子ども生む前だったら

おっぱい出てたら、恥ずかしかったとおもう。


おっぱいだけじゃないよね、恥ずかしいことが今より

ずっと多かった。



でもね、出産でぜんぶ変わってしまった。

ソラのお産の時も、モモのお産の時も

わたしはその時にしたかったことをぜんぶやって

ほんとうに人生ではじめて

まったくの自分本位になって

子どもを産んだのです。



出産て、お産の間ずっと

「自分」しかいない 

「今」しかない



始まったら無事に出てくるまで終わらない祭り

宇宙をかんじる、あのかんじ。



あれを越えて、自分で生まれてきた子どもの顔を見たら

それまでは「わたし」だったのが

一瞬で「母」になっちゃった。なれてしまった不思議。

おっぱい出したりなんか、ほんと母のしごとの初歩でした。




女の人が、化粧しないと「失礼だ」って言われたり

授乳も隠さないと誰かに「失礼」だったり

なんかそういうのって生きずらいなぁとおもう。




男の人は化粧しないし(だいたいの人は)

授乳もしない。



だけど、男も女も、誰かのおっぱいで大きくなってきたじゃない。

(誰かが飲ませてくれた粉ミルクかもしれないよね)








漫画家、西原理恵子ねえさんの子育ての結論


(ワクチン接種とか粉ミルクとかわたしと意見はいろいろ違えど、西原さんはいつもおもしろい)



忙しい女の人は

「粉ミルク」でいいじゃない!

なにがいけないのよ、ってかんじだとおもいます。



いけないことはない。



粉ミルクでも子どもは大きくなります。

そのことに逆にびっくりするくらいです。粉ミルク、すごいじゃんって。



ただ、粉ミルク100%で育った人には

あとからなにかしら、それが理由の「なにか」がでてくるようです。



わたしのフラワーエッセンスの先生は


こちらの方ですが、彼女の娘さんはほぼ粉ミルク100%で育ったそうです。




先生、あっさりと「そういう時代だったのよ〜 わたしは仕事が忙しかったし」

と言ってました。過去を後悔してもしょうがないのです。



「自然療法」を追求している先生がそう言うのですから、

 安心したらいいとおもう!



母乳不足が原因で先生の娘さんには大人になってから疾患がでます。

ここからが大事なのですが

心身に、母乳不足が原因の疾患がでても、大人になってから

自然療法で治癒が可能なのです。


Luc(ラック)という母乳からつくったレメディを使う方法です。


わたしはこれについてはまだ知識が無いので

必要な方はわたしの師匠に相談してほしいのですが

とにかく、

わたしは母乳不足での疾患も

大人になってから治癒できるということがわかって

うれしかったのです。



母乳って、ほんとうに大切なもの。

だけど、いろいろな事情で子どもにあげられないお母さんもいる。

免疫のこと、栄養のこと、情緒のこと、

あげられないことで、心配する人もいるだろう。

でも、だいじょうぶなんだなー







それでもわたしは母乳を選ぶのですが。










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posted by terra at 04:00| 岡山 | Comment(0) | こどもと暮らす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

バーバパパ と サドベリーバレー


本を読むのは、わたしと証太の共通の趣味なのです。

趣味というよりも

ふたりとも活字中毒ぎみかもしれません。



家族みんないつも本を片手にしているようなものです。

本棚はもちろん、階段、トイレ、布団のそば

家中いたるところに本が積まれています。

寸暇を惜しんでなにかと読む。






こういうところ、長女のソラも見事に受け継いでまして

もののみごとな本の虫です。




#てのひらまつり<br /><br />どこにいても同じ生活<br /><br />#soraの生活
キャンプに行って本を読む人
ちなみに「大草原の小さな家」シリーズ









証太は好きな作家の本はとにかくぜんぶ読みます。

百閨Aスティーブン・キング、村上春樹、ジョン・アーヴィング

こういうのはぜんぶ読むって決めているらしい。

わたしはそのへんはけっこう適当です。

最近は、田辺聖子さんとか中島らもさんが好き。関西弁が好きなのかも。

自分のアンテナにひっかかればなんでも読みます。

長い小説や、ジャーナリストの書いた本を読む時以外は

だいたい平行して何冊かは一緒に読んでいることが多いです。



本を読むのが趣味というと

おとなしい趣味だとおもわれて

近所の奥さんの評判もいいのだが、

活字中毒者は本屋に立ったら

まるでキャバレーの客引きにあっているような

誘惑をかんじて、血圧が上がり鼻息が荒くなるわけで

ただ、キャバレーに行かずに同じような欲望に身をまかせて

本を読んでいるだけです。




そんなことを言っていたのは

故 井上ひさしさんです。



わかるわかる!

本はだいじな友だちなんですよね。




中島らもさんも、韓国に行った時、読むものがなくて

ちゃんと活字が読みたくてしょうがなかったと言っていたなぁ。

韓国とか中国、台湾だと、

なんか読めるような氣がするんだけど

読めないのがストレスなんでしょうね。





本読みには本が大量にいるので

町の本屋やアマゾンで読みたい本を買うのはもちろん

家族で週1か隔週1で図書館へ。


家族全員20冊ちかく借りて帰ります。

4人で80冊・・・



まぁ、漫画も雑誌も含む、なので

すぐに読んでしまいます。



自分が読むものがなくなると

家族の借りてきたのももちろん読みます。


最後には子どもが借りてきた漫画なんかも読んでいます。




モモだけはまだ自分で字を読まないので

絵本を借りてきては

わたしに読ませます。

わたしが疲れたら、次は証太。時々はソラ。

すでに本好き。

さいしょっから本嫌いな子っているのかしら。わからない。




ソラの時も、字を教えたことはないのだけど

モモみたいに絵本をずうっと読んでやっていたら

どんどん字が読めるようになっていました。

遊びから学習への階段は

どうやらなめらかにつながっているようです。





わたしは今は

子どもに服をつくってあげたりもしない。

ありがたいことにおさがりとプレゼントで

あまるほどに足りてしまうし。






甘いお菓子っていうのも、実はあまり子どもには

いらないかなーとおもうので

ソラが小さいころには凝って作っていたお菓子も

そんなにつくらない。

実は、わたし自身が子どものころに砂糖抜きで育てられたので

大人になってもあまり欲しくないというのもある。











ただ、いつも変わらず本は読んであげたい。

どうやら、今のところ

わたしの好きなことの中で

子どもが喜ぶ最高のことのようです。



そのうち、自分で読みだしたら

絵本を読んであげる機会なんてなくなるなーとおもうと

今だけできるコミュニケーションなんだよね。

なによりも「ゆっくり絵本が読める」時間を

わたしは子どもと一緒に味わいたいわけです。




実際やってみるとわかるのですが

本を読んであげるのって

ほんとうに贅沢な時間です。




もし、家事や仕事におわれて

本なんて読んでやる暇がない!という方がいらっしゃったら

ぜひ、一度 掃除が済んでなかろうが

午前中に洗濯物が干せなかろうが

座り込んで、子どもを膝の三角の中にいれて

一緒に本をゆっくりゆっくり

読んでみてください。

楽しい・・・かもしれませんよ。








絵本なんて、考えてみたら一年で3000回以上は読んでいます。

そんなに絵本を読める環境にあるのは

わたしのような子育て中の人か

あとは保育園や幼稚園の先生くらいかも。







でも世の中には膨大な本があるので

もりもり読んでも読みきれませんね。


数ある中で、わたしたちに出会ってくれた本たち。

体系だった読書家はうちにはいないので

他のものと比べて評論なんてできないのですが

とにかくいろいろ読む本好きとして

面白かった本を記録します。










今回図書館でモモが選んだ本のなかのひとつ
バーバパパ。
わたしたちが子どものころからあります。

フランスの色もきれいだし、
今でも小さな子から大きな子までみんな好きです。

シリーズがたくさんあって
この「がっこう」は
理想のがっこうをつくるバーバパパの家族のはなし。


ふつうの「がっこう」でのオチコボレというのは
実は才能豊富な子どもなのです。

大人に、受け入れる素地が無いだけ。

じっくり見ていたら、だいたいの子どもは天才性をもっています。






こちらは大人が読んでがーんとなる本。

子どものホームエデュケーションのことを考えた時に
なによりもわたしには参考になった
サドベリーバレーという「自由な学校」の本。

なんと、学校は器だけで
カリキュラムが全く無い「学校」です。
大人は、相談役としているだけで
自分からはなにも教えないし
学校の運営は子どもの自治です。


これを読めば「バーバパパのがっこう」は
べつに子ども向けの夢物語では無い、ということが
すぐにわかります。


わたしはソラが自宅学習を選んだおかげで
この本に出会えて、とてもよかった。


子どものころに「こんな学校があったら良いのに」
とおもっていた学校が、ほんとうにあるなんて
この世も捨てたものではありません。


ちょっと定価が高い本なんですが
子育て中で考えるところのある方は
ぜひぜひ購入されて手元に置かれ
たまに読み返すと良いとおもいます。


子どもも自由になりますが
きっと大人の頭も自由になる。


そして、自由とはたいへんだが
とても楽しいものだとわかるかも。


学校へ行っていようがいまいが
大人が子どもに対して「教育者」であるという姿勢の
その真髄が書かれています。

























posted by terra at 01:39| 岡山 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする